ナスル殿下
隻眼の黒龍が、もう一度、雷鳴のような声で、
「★〇◆√¶$∧∬∬‡∂ω、ξ∇〒‰△☆‡❦Ω∞♨≠~@*{}@」
リザードマンたちは、判決を言い渡された被告人のように、ただひれ伏すばかり。「神の使いに向かって、この狼藉者めら!」みたいな話になっているのだろうか。ザリーフは御者台で口を押さえ(大きなメガネを落としそうになりながら)、笑いをこらえるような仕草。
やがて、平伏していたリザードマンのうち、ひとりが上半身を起こし、
「▼☆§*^ヾ○〓Å∧≒Ⅴ、≪‘◎■υ≒♭※∋≦⊿Ω●◇∥、⊇※§⇔‰……(以下、略)……」
と、長々と、わけの分からない口上を述べた。一体、どういう意味だろう。
わたしはザリーフの背中を指で突っつき、
「あの~、あのリザードマンは、今、なんと言ったのでしょう?」
すると、ザリーフは何を思ったか、「おお~」と感動して手をたたき、
「やっぱり、あんた、すごいわ。『あの~』と『あの』で掛けるって、なかなか素人にはできへんで」
いや、だから……、つまらないギャグは、もう、いいから……
わたしばかりではなく、アンジェラも、緊張感を削がれたためか、白けた表情でザリーフを見上げている。
ザリーフは、そんな場の雰囲気を知ってか知らずか、ずり落ちそうな大きなメガネを指で押し上げ、
「え~っと、あのリザードマンの話やったらな、『自分らは、この町の防衛軍で(云々)……』」
ザリーフは、いつものように、途中で無意味にギャグやツッコミ処を交えながら、話を続けた。要点を示すと、わたしたちを取り囲んだのは、ハッドゥの町の太守ズォヤードの長男で町の防衛軍(といっても、総動員で300人程度の規模)の司令官ナスル殿下と、その配下。わたしたちが車に乗って町に近づいてくるのを知り、逃がさないように、わたしたちが街中まで到達したところで一気に包囲したらしい。その間、住民には外出禁止令を出していたとか。ナスル殿下は、相当に血の気が多い人物らしく、最初は有無を言わさず奇襲攻撃で殺害してしまうつもりだったのを、部下に「それはいくらなんでもひどい」と諌められ、それならということで、とりあえず包囲作戦に切り替えたらしい。こういう大雑把なところ、もしかしたら、わたしとは気が合うかもしれない。
しばらくすると、リザードマンたちは立ち上がり、きびきびとした動作で道の両脇に整列。わたしたちのために道を空けた。ザリーフは気分よくスドゥキーに鞭を当て、
「どうぞお通り下さいっちゅうこっちゃな」
完全に危難は去ったらしい。頭上では隻眼の黒龍が口を大きく開け、巨大なコウモリの翼を広げ、車の動きに合わせてゆっくりと進む。その口の端からは、よだれが……
「マスター、このリザードマンたちは、ボクたちを国賓として迎えてくれて、宴会を開いてくれるんだって。今日は飲むぞぉ~~~」
やっぱり…… それに、「今日は」じゃなくて、「今日も」だろう。




