ハッドゥの町
ハッドゥの町は、トカゲ王国の最南端にある。はるか昔、この町からサイフッディーン1世が出て、帝国軍を打ち破り、トカゲ王国の基礎を整えたという。
ザリーフの解説によるトカゲ王国「正史」によると、由緒正しい家柄の子として生まれたサイフッディーン(後に即位してサイフッディーン1世)は、幼少の頃より聡明であり、成長するにつれ、その才能はますます輝き、その名は遠くの町や村へも響き渡るようになった。丁度その頃、帝国は、リザードマンの領域を我が物にしようと画策して軍隊を送り込んでおり、サイフッディーンは、リザードマンの領域の将来を憂い悶々としていた。
そんなある日、サイフッディーンが夜中にふと目を覚ますと、目の前に光り輝く3つ首のリザードマンが立っていた。そのリザードマンは、驚くサイフッディーンの手に光り輝く剣を授け、天に昇っていった。翌朝、目を覚ましたサイフッディーンの手には、しっかりと光り輝く剣が握られていたので、「これは一体どういう意味か」と町の長老に相談した。すると、長老は、「リザードマンの領域を侵略者から守れという神の啓示に違いない」と、サイフッディーンの前にひれ伏した。
使命を自覚したサイフッディーンは、彼を慕って集まった仲間とともに立ち上がり、義勇軍を率いて帝国軍を相手に戦闘を開始した。民衆はこぞってサイフッディーンを支持し、向かうところ敵なし、あっという間にリザードマンの領域を平定し、帝国の軍隊を領外に追い払った。
以上がトカゲ王国「正史」の伝えるサイフッディーンの姿。エレンの話と少し違うような気がするけど、歴史とは、どの国でも、自国に都合よく編纂するものだろう。ザリーフも、その点は理解しているようで、「まあ、帝国ではどんな話になってるか知らんけどな」と、最後にひと言、付け加えた。
わたしたちを乗せた車は、やや駆け足で町に近づいてゆく。帝国の町とは違って、周囲に城壁はなく、低い木の柵と堀が設けられていた。検問所みたいなところはあるが、誰もいない。誰でも自由に出入りできるようになっている。なんだか不用心な感もあるが、不法侵入者も寄りつかないくらいの「ひなびた田舎町」だろうか。ちなみに、わたしたち以外に町を訪れようとする帝国の人あるいはリザードマンの姿もない。
「ようやく着いたでぇ~」
町に入ると、ザリーフは、一旦、車を停めた。
すると、アンジェラは、キョロキョロと周囲を見回し、
「ここがハッドゥの町ですか。う~ん、でも、アダブの町と同じような景色……」
「そら、そうやろ。同じトカゲ王国の中やもん」
物足りなさそうなアンジェラを見て、ザリーフは苦笑い。周囲には、1階建ての木造建築が間隔を置いて並び、地面が露出した道が四方に延びている。しかし、街中でも、道行くリザードマンの姿は見えない。いくら「ひなびた田舎町」でも、ここまでは……
「まあ、ええわ。とりあえず、行こか」
ザリーフはスドゥキーに鞭を当て、再び車を進めた。