道中記
トカゲ王国の都、アダブの町から、南東方面へは、「聖なる大王の聖なる産湯」と呼ばれる三日月型の湖の周囲から南の大河の上流域に延びる幹線道路が走っている。この道路は、リザードマンの領域の南東部、南の大河の畔に点在する町や村と、首都のアダブの町を結ぶもので、王国が建国された当時でも、既に使用されていたとのこと。
ただし、道路といっても、帝国の中心部で見られるような、石畳できれいに舗装された立派な道ではない。道幅は狭く、スドゥキー(二足歩行小型恐竜)に牽かれた車同士が対向するのは、かなり困難。さらに、地面が露出し、ちょっとした雨でもすぐにぬかるんでしまうという、ハッキリ言って、田舎道。しかし、交通量が少ないため、この程度でも十分実用に耐えられるらしい。
わたしたちを乗せた車は、このような悪路にもかかわらず、南の大河の畔を軽快なテンポで進んだ。
ちなみに、ザリーフは御者台で楽しそうに、
「ここの車は、みんなオフロードに対応しとるさかいな。オラオラ、もっと飛ばすでぇ!」
と、3頭のスドゥキーに鞭を当て、子供のようにはしゃいでいた。
道端には、南方特有の草木が生い茂っていて、赤や青など色とりどりの花を付け、わたしたちの目を楽しませてくれた。その花の周囲には、蜜を求めて、小さな蝶や毒々しい色をした蛾が舞う。
「あれは何!? なんという種類の虫ですか」
アンジェラは、車から身を乗り出し、多少、興奮気味。
「帝国の人やったら、初めて見るやろなぁ。あれはな……」
ザリーフは、質問のたびに車の速度を緩め、懇切丁寧に説明している。急ぎの旅ではない。わたしには興味も関心もないが、アンジェラが知識を吸収できるなら、よしとしよう。
車に揺られ、流れてゆく景色を眺めていると、時折、プチドラが小さな声で悲鳴を上げ、
「あ~っ、痛!」
「どうしたの? いきなり、声を上げたりして……」
プチドラは、小さい手でしきりに腰の辺りを掻いている。
「いや~、それが…… 蚊に噛まれちゃって……」
南方の蚊には、プチドラでもかなわないらしい。
こんな感じで、南の大河に沿って、約1週間。車から何気なく南の大河に目を遣ると、数人のリザードマンが岸から投網を投げていた。近くに町か村があるのだろう。ザリーフは、それを見て、
「おお、やっとるなぁ! もうそろそろ着くで。大河と支流の合流地点や」
「そういえば、ここに町があるとか、おっしゃってましたね」
「そうや。ハッドゥの町や。一応、トカゲ王国発祥の地やけど、今は、タダのひなびた田舎町や」
トカゲ王国発祥の? はるか昔、どこかで聞いたような……