ようやく出発
隻眼の黒龍の周囲には、空っぽになった甕が、幾つも転がっている。その甕の一つ一つには、お酒が注がれていたのだろう。さらに、甕に混じって、隻眼の黒龍と一緒に飲んでいたと思しきリザードマンが数人、「ぐぇ~」と苦しそうにうめき声を上げ、ぐったりとしていた。
隻眼の黒龍は、のっそりと頭をもたげ、
「マスター、今日も勝ったじょ。アルコール大王は、絶対無敵のドレッドノート……」
一体、なんなんだか……
わたしは「エイヤ」と隻眼の黒龍の脇腹を蹴り上げ、
「しっかりしてよ。これから、トードウォリアーの領域に出発よ」
「ええっ、もう出発? そんな話、聞いてないじょ……」
珍しく、隻眼の黒龍が不満を口にした。でも、酔っぱらいの言うことだから、本気で受け取ることはない。
「だから、たった今、聞かせてあげたでしょ。『出発よ』って」
「はい? ああ、そうか…… そうだったのね。だったら、仕方ない~~っと……」
おいおい…… ザリーフのノリが感染したらしく、思わず「納得してどうする」とツッコミを入れるところだった。
そして、しばらくすると、ザリーフが、軽トラック程度の大きさの「車」に乗って、宮殿の中庭にやって来た。その車の構造は、基本的には馬車と同じ。違いは、馬ではなく、スドゥキー(南方特有の二足歩行小型恐竜)に車を牽かせているところ。その車は、3頭のスドゥキーに牽かれ、ゆったりと、弧を描くようにして宮殿の中庭を進み、やがて、わたしとアンジェラと隻眼の黒龍の前で横向きに停車した。
アンジェラは、もの珍しそうに、その周囲を動き回り、
「これが南方の移動手段ですか。間近で見られるなんて、感激です」
「どうや? ええやろ。すごい速いし、乗り心地も最高やでぇ。ここんとこのショック・アブソーバで、揺れを吸収してな……」
ザリーフは、気分をよくしたようで、頼まれもしないのに車の説明を始めた。アンジェラは、目を輝かせて聞き入っている。話の腰を折るのは悪いから、しばらくそのままにしておこう。
その間に…… わたしは、隻眼の黒龍の脇腹を突っつき、
「しっかりしてよ。今度は、車に乗っていくわ。子犬サイズでよろしく」
隻眼の黒龍は、頼りなげに頭をフラフラと揺らせ、体を縮小。子犬サイズのプチドラの姿で、地べたに腹ばいになった。
わたしは、プチドラを抱き上げると、アンジェラを促して車に乗り、
「ザリーフさん、こちらの用意はできました」
「おう、そうか。行こかぁ~。ところで、お連れのドラゴンさんは?」
アンジェラとの話に夢中になっていて、隻眼の黒龍の変身に気がつかなかったようだ。「これです」と、プチドラを示すと、最初は少し驚いた様子だったが、すぐに納得し(飲み込みが早いのだろう)、
「よっしゃぁ。ほな、出発や」
こうして、ようやく、トカゲ王国からトードウォリアーの領域に旅立つことに。果たしてどうなることやら……