出発前に
ザリーフは、気が早い性格なのか、既にお出かけモードのようだ。
「分かりました。わたしたちも、取り急ぎ、出発の準備をしますが、トードウォリアーの領域まで、どのようにして行くのですか。徒歩でということはないと思いますが」
すると、ザリーフはポンと手をたたき、
「そうや、忘れとったわ。乗り物の用意せな、あかんなぁ。どこぞで車でも借りてくるわ。任しといてくれるか」
なんだか少し、いや、かなり間が抜けているような感じ。あるいは、関西風のボケ・ツッコミの表現だろうか。ザリーフは、リュックサックを下ろし、ドタバタと部屋を出た。
しかし、何か忘れ物でもしたのか、その数秒後にザリーフは戻ってきて、
「あんたらの連れのドラゴンは、どうすんの? ドラゴンも乗れるもんゆうたら、そんなぇ、ないでぇ」
そういえば、プチドラは、トカゲ王国では隻眼の黒龍の姿のままで通してたんだっけ。
「問題ありません。自分で飛んで行くなり、方法はありますから、考慮に入れなくてもいいです」
「さよけ。ほな、ちょっと行ってくるわぁ」
ザリーフは、再び(今度こそ本当に)、部屋を出た。
わたしとアンジェラは身支度を整え、荷物をまとめた。荷物といっても、エルブンボウと路銀とその他こまごまとしたものなので、あまり時間はかからない。用意ができたところで通訳のリザードマンを呼び、トカゲ王国の国王のところへ、これまでのお礼といとまごいに向かった。
国王に謁見するまでの間、話し好きな通訳のリザードマンは、「短期間でしたがトカゲ王国の生活はいかがでしたか」とか、「おみやげには、トカゲ王国名物の恐竜肉がお勧めです」とか、話を絶やすことなく、しかも、国王のおでましにも気がつかずに喋り続けていたのだから、このリザードマンも、かなりボケが入っている。なお、この粗相については、特にお咎めはないらしい。なんとも大らかなことだ。
国王は、ひと際目立つ派手派手衣装に身を包み、にこやかに応対してくれた(リザードマンの表情は読めないので、「にこやかに」とは、通訳の説明による)。話を聞いていても意味は分からないが、話す調子はゆったりとして、ソフトな印象。「行き先はトードウォリアーの領域」と伝えると、国王は大いに驚き、「あそこは相当にヤバイらしいから、止めた方がいいよ」と、何度も思いとどまらせようとした。でも、ザリーフも巻き込んでしまったことだし、ここまで来て引き返すわけにいかない。国王は、わたしの考えが変わらないことを知ると、最後には(どこまで本気か分からないが)、「軍隊を同行させようか」とまで。でも、大きな借りを作ると後々面倒なことになりそうなので、丁重にお断りすることにしよう。
こうして、国王への別れの挨拶を終え、宮殿の中庭に出てみると、
「マスター…… うぃ~ッス! 元気ですかぁ~!!」
隻眼の黒龍は巨体を横たえ、例によって、昼間から飲んだくれていた。