都の状景
ザリーフは、宴会の翌日から王立研究所にこもり、調べものを続けている。「王立研究所」というと、名前はものものしいが、当然ながら、近代的な鉄筋コンクリートの研究機関ではない。背の低い木造建築で、イメージ的には、幾分大きなプレハブ小屋といったところ。関係者以外立入禁止ということなので、中がどうなっているのかは分からないが、果たして成果を期待できるかどうか、少し不安だったりする。
調べものの間、わたしはアンジェラを連れ、通訳のリザードマンを伴い、アダブの町を散策した。トカゲ王国の首都らしく、町の規模はそれなりに大きいが(ただし、帝都よりはるかに小さい)、建造物のほとんどは、1階建ての木造建築だった。通訳によれば、石よりも木が安く、大量に手に入るとのことなので、これは当然の成り行きだろう。
通りは地面が露出しており、多少の雨でもすぐに水たまりができるそうだ。当然ながら、その水たまりにはボウフラが沸き、南方の温暖な気候のおかげで短期間のうちに成長し、夜には蚊の大群に悩まされることになる。リザードマンには衛生観念が存在しないのか、彼らが特別に我慢強いのか知らないが、ともあれ、ここでは安眠のために蚊帳が欠かせない。
また、通りでは、馬の姿はほとんどなく、南方特有の二足歩行小型恐竜が代役をこなしていた。その恐竜は、全長2.5メートル、体高1.5メートル程度で、ぬかるみであろうが水たまりであろうがものともせず、高速で駆けている。ちなみに、その恐竜は、この辺りでは「スドゥキー」と呼ばれているとのこと。
通訳のリザードマンは、とにかくよく働いてくれた。看板の字が読めないときに解説してくれたり、道行くリザードマンと話をする際に間に入って手助けしてくれたりといった、一般的な通訳業務のみならず、やたらと出っ張りのある朱塗りの建物の前まで来ると、「この建物は300年以上前に建てられた寺院で、国の重要文化財です」とか、周囲を柵で囲われた広場の前まで来ると、「ここはトカゲ王国軍の練兵場で、わが軍の精鋭が、日夜、訓練に励んでおります」とか、面妖な、なんだかよく分からない物体の前まで来ると、「これは、なんだか分かりませんが、そのようなものです」とか、観光ガイドめいたことまで(ガイドとしては、多少、知識に乏しい部分があるが、もともと通訳だから、あまり多くを求めるのは酷だろう)。
町の中心にそびえる尖塔について尋ねると、通訳のリザードマンは誇らしげに胸を張り、
「あれは、かつて帝国軍を打ち破り、この町を都として定めたサイフッディーン5世大王が、自身の偉業をたたえるために建設したものです。完成に至るまでは苦労の連続で、建設途中の事故等により多大な被害を出しましたが、それにもけっしてめげることなく、国王も民もともに力を尽くして……(以下略)……」
きりがないので、この程度にしよう。早い話、国王であれ、皇帝であれ、独裁者であれ、背の高いものを好むということだろう。
なお、わたしとアンジェラが街中を散策している間、隻眼の黒龍は……
「へーい、みんなぁ、元気にやってるくぁーい!?」
と、特に、しなければならないことなどないため、巨体を宮殿の中庭に横たえ、昼間から飲んだくれていた。