南方特有の光景
南方大要塞を発つと、隻眼の黒龍は、南の大河の支流の上空を南方に進み、本流との合流地点に広がる湖に向かった。その湖は、リザードマンの言葉では「聖なる大王の聖なる産湯の湖」という意味の、非常に長ったらしい名前で呼ばれているという。ちなみに、帝国は、その湖に対し、公式な名称を与えていないとか。帝国政府としては、本音ベースではトカゲ王国を一段低いものとして扱っているので、早い話、「(立派な)名前なんか付けてやらないよ」ということのようだ。
それはさておき、南方大要塞から「聖なる大王の聖なる産湯の湖」までの空の旅は、快適なものではなかった。むしろ、不快というか、ひどいというか……とにかく、最悪。いかにも南方らしく、日差しはきついし、暑いし、空気はジメジメしているし、南方特有の虫の大群が飛んでくるし、スコールに見舞われるし……
さらに、積乱雲に突っ込んで雷に打たれて……、いや、さすがにそこまでは、ない。
そして、2、3日が過ぎて、前方に何やら細長い形をした湖が見えてきた。隻眼の黒龍は、首を後ろに向け、
「マスター、あれが『聖なる大王の聖なる産湯の湖』だよ」
「ということは、ようやく到着?」
「いや、残念ながら、もう少し飛ばなくちゃ。ここからなら、あと丸一日くらいかな。アダブの町は、『聖なる大王の聖なる産湯』の湖の、帝国側から見て、一番奥まったところにあるんだ」
「……」
わたしは、特に返事は返さず、露骨にイヤな顔。こんな悲惨な旅が、まだ続くなんて。でも、今更引き返して、単に「ひどい目にあった」で終わるのは口惜しいから、もう少し間、我慢することにしよう。それにつけても、湖の名前は、もう少し、短くならないものだろうか。
隻眼の黒龍は、湖の縁を反時計回りに進んだ。地上を見下ろすと、湖の周囲には、うっそうとした森が広がっている。時折、森を切り開いて形成された集落の上空を通過。見下ろすと、集落には、簡素な作りの木造の住居が点在していた。
アンジェラはキャッキャッと大はしゃぎで身を乗り出し、
「お姉様、見て下さい! あの、変わった形をした建物!!」
リザードマン領域での建築様式は、帝国のそれとはかなり様相が異なっており、アンジェラの知的好奇心は、大いに刺激されたようだ。でも、わたしにとっては、そんなことはどうでもよく、とにかく早くアダブの町にたどり着きたいという、ただ、それだけ。
こうして、アンジェラの好奇心が満たされ、その反面、わたしにとっては非常に長い1日が過ぎた。隻眼の黒龍も、やや疲れた顔で、
「マスター、ようやくアダブの町に到着だよ」
「そうなのですか、これがアダブの町!? まあ、すごい!! こんな立派な!!!」
元気いっぱいなのは、アンジェラだけだった。