旅の恥は掻き捨て
わたしは、フサイン部隊長からもらった紹介状を袋にしまいこみ、南方大要塞の大通りに出た。通りでは、何度も言うようだけど、軍事都市らしく、朝早くから、衛兵やら、重武装の騎士とその従者など、軍人さんたちが肩で風を切って行き来している。理由はないが、とにかく鬱陶しいというか目障りというか……
それはさておき、
「アダブの町のザリーフって……、どんな人……じゃなくてリザードマンなのかしら。とにかく行って会ってみないことには始まらないわね。プチドラ、すぐに、隻眼の黒龍に戻るのよ」
すると、プチドラはギョッとしたように、大きく口を開けて、
「えっ!? マスター、まさか、こんな街中で? そんなことすれば、大混乱になるに決まってるよ」
「構わないわ。もし衛兵や騎士が束になってかかってきても、あなたなら、別にどうということはないでしょ。それに、今後二度とこの町に来ることはないと思うの。だったら、多少のことはね」
「それは、言い換えれば、慣用的表現としての『旅の恥は掻き捨て』という……」
「そういう細かいことは気にしないの!」
プチドラは強く促され、大通りの真ん中で、体を象のように大きく膨らませた。巨大なコウモリの翼が左右に広がり、左目が爛々と輝く。
通りを闊歩していた衛兵や騎士たちは、いきなりドラゴンの姿を目の当たりにして、
「うわっ、一体、なんだ!」
「ドラゴンだ! 大変だ!! すぐに対策会議だ!!!」
などと、武器を構えて隻眼の黒龍(わたしとアンジェラも含めて)を取り囲み、大騒ぎをしている。しかし、今すぐに襲い掛かってくる雰囲気ではなく、むしろ、腰が引けているような感じ。日ごろは威張っている割には、だらしのない連中だ。わたしとアンジェラは、衛兵や騎士たちを尻目に、ゆっくりと隻眼の黒龍の背中に乗った。
「なんだぁ! あの少女は!!」
「きっと、ドラゴンを操る魔女だ! 邪悪な存在だ!!」
ただ、この連中といったら、大声でわめき散らしている割には、一向に攻撃してくる気配がない。この町を訪問する商人など、民間人相手の場合には威張ってたのに……、いわゆるひとつの「強いヤツに対しては弱いけど、弱いヤツに対してはムチャクチャ強い」という、どうしようもないヤローどもだろうか。ならば……
「プチドラ、あの連中を、ちょっとだけ、かわいがってやるのよ」
「でも…… 本当に、いいのかな?」
「いいのよ。帝国宰相も、わたしがここにいることは知らない。わたしが犯人だとバレる心配はないわ」
隻眼の黒龍は、ややためらいながらも、強力な火力によって、衛兵や騎士たちに壊滅的なダメージを与え、悠々と大空に舞った。わたしとしては、犠牲者の中にフサイン部隊長の名が含まれていないことを祈るだけだ(根拠はないが、多分、大丈夫だと思う)。