帝都の屋敷にて
ミーの町を出て、帝都までは10日余り。はるか遠くからでも、宮殿の周囲の4本の尖塔や魔法アカデミーの塔が見える。アンジェラは、その威容を想像しているのだろう、素直に感動を表現している。彼女にとっては、前回の短い滞在に続き、2度目の帝都。でも、わたしにとっては、何度目か忘れるくらいで……すなわち、新鮮味がない。
今回は、有り体に言えば、仕事がイヤで逃げ出してきたわけで、隻眼の黒龍は、道中で何度も「引き返してはどうか」と問いかけてきた。でも、今のところ、国内に取り立てて問題があるわけではないし、わたしにデスクワークは似合わない(と、勝手に自己規定)。というわけで、お忍びで気楽に観光旅行としゃれこもう。
「カトリーナ様、帝都までは、あと、どれくらいですか?」
アンジェラは顔をわたしに向け、楽しそうに言った。でも、なんだか少し違和感が……
「『カトリーナ様』か…… アンジェラ、それは止めにしない?」
「はい? 『止めにする』とおっしゃいますと……」
「う~ん、そうね…… それじゃ、なんだか少し引っかかるけど、『お姉様』はどうかしら? あなたとわたしが姉妹ということにしましょう」
「分かりました、お姉様」
アンジェラはニッコリと微笑んだ。なんだか、ほのかに百合の香が漂っているような気も……
やがて、大河の畔に広がる帝都の町並みが目に入ってきた。隻眼の黒龍は、徐々に高度を下げ、帝都の一等地にある屋敷の中庭に降り立った。屋敷の中からは、例によって、駐在武官として派遣された親衛隊員が次々に飛び出してきたが、わたしの姿を認めると、一列に整列。ブロンドの髪と青い瞳のリーダー、ジュリアン・レイ・パターソンが、一歩、前に進み出て、
「カトリーナ様……と、アンジェラ様でしたか」
さすがパターソン、アンジェラと顔を合わせることは多くなかったはずだけど、なかなかの記憶力だ。
「さあ、カトリーナ様とアンジェラ様、長旅でお疲れでしょう。とりあえず中へお入り下さい」
パターソンに案内され、わたしとアンジェラは、とりあえず応接室で一休み。ホッとひと息ついたところで、パターソンがスルスルっとわたしに近寄り、耳元で、
「このところの帝都の情勢ですが……」
しかし、パターソンは、ここで言葉を止めた。あまり大きな声で言える話ではないらしい。アンジェラは、何やら不安げに、わたしの顔を見上げている。
「アンジェラ、別にあなたが心配するようなことじゃないわ。それよりも、あなたの部屋を用意しないとね」
わたしはニッコリとアンジェラに微笑みかけた。そして、(このところすっかり影が薄くなった名もなき)執事を呼び、「早急にアンジェラの部屋を用意するように」と言いつけた。
アンジェラが執事に連れられて応接室を出ると、パターソンはソファに座り直し、声を低くして、
「実は、この帝都でも、バイソン市の政変が次期皇帝選出に絡んで、おかしなことになってきまして……」