あの人は今
浅黒い肌で中年の「班長」がとりなしたことで、騒ぎは一応収まり、周囲に集まっていた野次馬たちも同様に、それぞれ、自分の席に戻っていった。
班長は、「ふぅ~」とひと息つくと、わたしの顔をしげしげと見つめ、
「うむ、やっぱりそうだ、間違いない」
と、独り言。一体、何が「間違いない」んだか……
その時、プチドラは何かを思い出したように、ポンと手をたたいてわたしの肩に飛び乗り、(わたしにしか聞こえないくらいの)小さい声で、
「マスター、もしかすると、この人は、あの時の……」
「あの時?」
いきなり「あの時」と言われても、いつのことやら……
班長は、金貨を1枚取り出し、「お愛想」と、体の大きいウェイトレスに手渡した。
そして、わたしに向き直り、
「こんなところでは落ち着いて話もできまい。外へ出ないか」
わたしは班長に導かれ、ドクガエル亭を出た。アンジェラもピッタリと、わたしに寄り添うように続く。
その移動の間、プチドラは、なおもわたしの耳元で、
「だから、あの時の、あの人だよ。以前、トカゲ王国軍の陣営で会った、フサイン部隊長。覚えてない?」
ああ、言われてみれば、そんな人もいたような気もしないではなく……
わたしたちはドクガエル亭を出ると、店の裏手に回った。班長(すなわちフサイン部隊長)は、一応、周囲に誰もいないことを確かめると、
「落ち着けるような場所じゃないが、話ができないことはないだろう」
「え~と、いきなり失礼なことをきくようですが、あなたは、もしかすると、フサイン部隊長?」
「いかにも。だが、分かりにくかったかな。このところは口ひげを伸ばしていないから、無理もないか」
フサイン部隊長は笑った。なるほど、口ひげがなかったから印象が変わってたのね。
「え~っと、あの時……、そうだな、前回の戦役以来だな。その後は、どうかね、まあ、いろいろなことがあったのだろうな」
フサイン部隊長は感慨深げに、わたしとアンジェラとプチドラを何度も見回した。
「細部まで含めれば非常に長い話になりますが、ひと言で表現するとすれば、『いろいろな』、それは、おっしゃるとおりです。フサイン部隊長にも、あれから、やはり、いろいろなことが?」
「まあね。ついでに言うと、今は『フサイン部隊長』ではないよ」
詳細は語れないとのだけど、フサイン部隊長は、現在、重要な任務を帯びて、南方大要塞で何やら怪しげな秘密工作を行っているとのこと。ここでは別の名前を使い、表向きは衛兵部隊の班長として勤務しているという。
なお、こんなところでこんな人に出会うなんて、御都合主義の極みみたいな(現実にはあり得ない)話だけど、これはこれ、ファンタジーの常道ということで、理解しておこう。




