ファンタジーの華
食事を終えると、アンジェラはニッコリして、
「ごちそうさまでした」
豪華なディナーとは言い難いが、とりあえずは合格点を与えられそうだ。すると、すぐに体の大きい無愛想なウェイトレスがやって来て、何も言わずに皿を片付け、カウンターまで戻っていった。「食べ終わったなら、さっさと金を払って出て行け」という意思表示だろうか。
「アンジェラ、満足した?」
「はい、お姉様」
アンジェラはうなずく。食事が済めば、ここに用はない。さっさと部屋に戻って休むことにしよう。
ところが……、万事、予定通りにいかないのが世の常とも言えようが……
「よぉ、姉ちゃん、さっきは悪かったなぁ~」
先刻の酔っぱらい衛兵が再び現れた。酒の入った瓶を両手で一本ずつ持っている。
「お詫びのしるしによぉ~、俺たちと一緒に、飲もうぜぇ~」
酔っぱらい衛兵は、フラフラと危なっかしく、立っているのもやっとという状態。やや離れたテーブルからは、この衛兵の仲間なのだろう、3人の衛兵が、「やれー!」とか、「イェーイ」とか、「がんばれー!」とか声援を送っている。これだから酔っぱらいは……
わたしは食堂内を見回した。この男の上官らしい浅黒い肌の中年男がいれば、対応を求めよう。自分で(厳密には、プチドラの魔法あるいは火力で)相手をするのも面倒だ。しかし、彼はあいにくと店内から姿を消していた。アンジェラはブルブルと震え、不安げな眼差しでわたしを見上げている。
わたしはおもむろに、酔っぱらい衛兵にニッコリと笑いかけ、
「一緒に? 少しだけなら、いいわ」
「おお、そうかい! 最初からそう言えばよかったんだ!!」
酔っぱらい衛兵は、両手に瓶を握ったまま、得意げに拳を突き上げた。その後方では、彼の仲間らしい3人の衛兵からも、「うぉー!!」とか、「いいぞ!!」とか、「よっしゃー!!」とか歓声が上がった。
「あなたが手で持ってるの、なんていうお酒なの? とりあえず、1本、ここで一気飲みしてもいい?」
「ほぉ、やるじゃないか。いやぁ、感心感心、『酒は飲むべし』だぜ」
酔っぱらい衛兵は、机の上に2本の瓶を置いた。どちらにも、瓶の半分くらい、酒が入っている。わたしは、一方の瓶を手に取った。もちろん、本当に飲むわけではない。こんな酔っぱらいには、何を言っても無駄。言っても分からない相手には、有形力の行使あるのみだ。酒場の喧嘩は、ファンタジーの華。今日は、ほんの少しだけ暴れてやろう(もちろん、実際に実力行使するのはプチドラ)。
わたしは椅子の上に登って酔っぱらい衛兵を見下ろし、右手で瓶を持ち上げ、
「くたばれ! 下衆野郎!!」
と、酔っぱらい衛兵の脳天に、思い切り、瓶を叩きつけた。瓶は砕け、酔っぱらい衛兵は頭から血を流して卒倒。わたしがニヤリとしてプチドラを一瞥すると、プチドラは、「あいやー」とばかりに天を仰いだ。




