脱出
うるさい人がいなくなったので、背伸びをして、ホッとひと息。
「ポット大臣といったら、愚直なだけが取り柄なんだから…… 本当に、もう、やってられないわ」
わたしは椅子から立ち上がり、金貨の詰まった袋からプチドラを引き出した。
「ムニュニュ……どうしたですか……もう、晩ご飯?」
プチドラは、小さい手で目をこすった。急に起こされたので、まだ意識がハッキリしないようだ。
「晩ご飯じゃなくて、おやつの時間よ。でも、それはともかく、隻眼の黒龍になって頂戴。今すぐに」
「へっ? え~っと、どういうことなのか、話のスジがサッパリ見えてこないんだけど」
「デスクワークには飽きたわ。というか、完全にオーバーワークよ」
プチドラは、まだ、ハテと首をひねっている。目が覚めてばかりで、頭が十分に回らないのだろう。
「とりあえず帝都まで逃げましょ。だから、早く、隻眼の黒龍に。ポット大臣が戻ってくる前に」
その時、トントンと入口のドアをノックする音がした。ポット大臣め、まさか、こんなに早く帰ってくるなんて。見つかったとしても、プチドラの火力があればどうということはないが、少なくとも穏やかではないだろう。
わたしがチッと舌打ちしたところでドアが開き、
「カトリーナ様、ただいま戻りました」
「あら、あなただったのね。ビックリさせないでよ」
ところが、顔を出したのはアンジェラだった。授業が終わったのだろう。いわゆる「萌え」を意識したのか、長い髪を頭の真ん中より少し上に束ねたツインテールが可愛い。
わたしは、ふと思い立って、アンジェラの両肩を両手でグッとつかみ、
「丁度よかったわ。わたしはこれから帝都に行く。だから、あなたも来なさい。社会勉強よ」
「えっ!? あ、あの…… カトリーナ様、え~と…… 社会勉強ですか?」
アンジェラもまた、首をひねっている。いきなりだから、事情が分からないのだろう。でも、詳しく説明する時間はない。そのうちに、ポット大臣が戻ってくるだろう。わたしは、紙とペンを取り出し、サラサラっと。
……しばらくアンジェラとともに旅に出ます。探さないで下さい。 カトリーナ……
簡単な書置きを机の上に残すと、伝説のエルブンボウの入った風呂敷包みを背負い、右手でプチドラを抱いて左手でアンジェラの手を引き、執務室を出た。そして、ポット大臣の事務室の前を通り過ぎ(大臣は書類の整理に追われていて気がつかないようだ)、中庭に出た。
プチドラは、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げた。左目が爛々と輝く。わたしとアンジェラを背中に乗せると、隻眼の黒龍は、コウモリの翼をさらに大きく広げ、大空に舞い上がった。上空では、メアリーと魔法科の5人の生徒が、こちらに向いて手を振っていた。
こうして、今回もまた、とりあえず帝都みたいな……