再び逃亡
結局、この日は帝都大図書館で時間をつぶしただけに終わった。帰りの馬車の中で、わたしは「はぁ~」とため息をついて椅子にもたれかかり、プチドラはわたしの膝の上で寝息を立てている。でも、アンジェラだけは、なぜか、ニコニコと楽しげ。
「アンジェラ、そんなに面白かった? 蔵書目録しか見てなかったと思うけど……」
「はい、お姉様、とっても」
蔵書目録がそんなに面白いとは思えないけど。好みは人それぞれということか。
馬車は、しばらくすると屋敷に着いた。辺りは薄暗くなっている。今日は疲れたから適当に夕食を取って寝よう、そう思っていると……
なぜか、パターソンが玄関先で待ち構えていて、
「カトリーナ様、ようやくお戻りになりましたか」
「どうしたの? わたしがいない間に、何か面倒なことでもあった?」
「いや、それが…… 面倒なことになるのは、むしろカトリーナ様なのです」
と、パターソンは苦笑い。話によれば、わたしたちが帝都大図書館で調べものをしている間、帝国宰相の使者が屋敷を訪れ、わたしを捜していたらしい。用件は、「宮殿でディナーを一緒にどうか」とのこと。
「調子が悪いとかなんとか、適当に理由をつけて、断ってしまいましょう」
「どうでしょう。私の見た感じでは、それは難しいのではないかと……」
使者は、重武装の騎士と従者で、合計20人程度。「留守にしている」と答えると、すごい顔でにらまれたらしい。さらに、「帝国宰相が『是非、会いたい』と、非常に強い希望である」と、念を押されたとか。おそらくディナーは口実で、本当の理由は別のところにあるのだろう(ミエミエだけど、ゴールデンフロッグ絡みか)。
パターソンは、屋敷の門の方に顔を向けると、
「外から見ていても、馬車がこの屋敷に入ったことは分かります。すぐに、使者が再度やって来るでしょう。招きに応じるか、断るなら、その理由、しかも万人が聞いて納得するような理由をひねり出すかですが……」
困ったものだ。断る理由はすぐに思いつかないし、帝国宰相の誘いに応じるわけにもいかない。こういう場合、することはひとつ。
わたしはプチドラを起こし、
「突然だけど、撤退、撤収、転進…… ぶっちゃけた話、逃げるわよ。今すぐに、隻眼の黒龍になって!」
プチドラは、のっそりと首をもたげ、何がなんだか分からない様子。しかし、「急げ急げ」とせかされ、慌てて体を象のように大きく膨らませると、巨大なコウモリの翼を左右に広げた(なお、左目の輝きは、いつもより鈍い)。
わたしとアンジェラは、大急ぎで(伝説のエルブンボウ等の)荷物をまとめ、隻眼の黒龍の背中に乗った。「お気をつけて」と手を振るパターソンを眼下に見下ろし、隻眼の黒龍は、コウモリの翼をさらに大きく広げ、大空に舞い上がった。