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14

挿絵(By みてみん)


14、


 信さんと十二分に抱き合った後、俺はやっと本来の目的を思い出した。


「で、浅野さんの居所見つかったってホント?」

「ええ、多分なんですが…。実は職場の同僚に実家が信州の人がいましてね、それで、今年の正月に帰省した時にですね…」


 信さんの説明はこうだ。

 信さんの同僚さんが、正月に信州の実家に帰省した折に参加した地元の同窓会で、信さんから聞かされていた浅野さんの事を思い出した同僚さんは、地元で果樹園を経営している友人に話したところ、浅野さんらしい人が居ると言う農園を教えてくれたんだ。

 その人の経営する果樹園が最近色々と面白い趣向で、人気スポットになり、町の活性化に繋がっているらしい。

 

「ただ、苗字が浅野ではないんです。だから、その人が本当に浅野さんかどうか…」

「苗字が違う?」

「はい」

「まさか、婿養子とか?」

「詳しい事まではわかりませんが…その果樹園のサイトがありますから、由宇くん、確かめてみます?」

「勿論!」


 信さんはカバンからタブレットを出し、インターネットに繋ぎ、浅野さんらしい人の農園のサイトを見せてくれた。

 一見シンプルに見えて、訪問客の目を引くホーム作りや、豊富なコンテンツ、それでいてなんだか癒されるパステルの色合い。

「シロウトが見ても、センスの良いホームページだってわかりますよね」

「浅野さんはこういうのも巧かったって…吉良さんが言ってた」

「『おいしい!うれしい!ヘルシー!果樹園』って名称もインパクトがあるのに、なんだかあったかくて、興味が沸きますね」

「浅野さんらしい…あ…」

「由宇くん?」

 俺は思わず言葉を失った。

 農場の様子を綴った画面のフォトに、浅野さんの姿を見つけたからだ。

 農場の方たちと並んで笑っている集合写真だ。

 ひときわ際立って目立っているのが浅野竜朗…俺の初恋の人だ。


 浅野さんは五年前とは随分違って見えた。

 浅黒い健康的な顔、汚れた農作業の服、伸びた髪の毛や無精ひげ…。オシャレで都会的でダンディでかっこいい…そんな代名詞の似合う浅野さんは、その写真からは想像しがたい姿になっていた。

 でも……

 良かった…。

 あの時、吉良さんと別れた事で心底落ち込んでいた浅野さんに、俺は何もしてやれなかった。そして、ずっとどこかに浅野さんへの後悔が燻っていたんだ。

 だけど、もう大丈夫だ。

 こんなに健康な浅野さんを確認できたんだ。

 良かった…立ち直れたんだね、浅野先輩…。


「どう?由宇くん。君の探してた浅野さんに間違いないかい?」

「うん…うん、間違いないよ、信さん。…ありがとう。俺、めちゃくちゃ…安心したよ」

「そう。良かった」

 そう言って俺の肩を優しく抱いてくれる信さんに、心から感謝した。


 果樹園の代表者の名前は「藤原竜朗」となっている。

 信さんの言った通り、苗字が変わっている。

 結婚して婿養子になったとしても、浅野さんを責めたりできないのはわかっているけれど…


「で、これからどうする?浅野さんと連絡を取ってみる?電話もファックスもメールだって、すぐにできる。それとも先に吉良さんに伝えてみるかい?」

「…俺、浅野さんと直接会って話してみたいんだ。今の状況も詳しく知りたいし、吉良さんの事も知ってもらいたい。信さん、俺と一緒に浅野さんに会ってくれる?俺が途中で挫けないように」

「勿論だよ。僕は由宇くんの願いだったら、なんでも叶えてあげたいって思っているよ」

 躊躇いもなく言いきってくれる信さんが、本当に愛おしかった。

「そんなに無理しないでよ。先が続かなくなるよ。俺はこの先も信さんとずっと一緒に歩いていきたいって思っているんだから」

「…あ、ありがとうございます」

 照れて俯く信さんがかわいくて、無理矢理顔を上げて、キスをした。

「ずっと一緒にいようね」と、言うと「はい、よろしくお願いします」と、答えてくれたる幸せ。

この感情は掌中の珠のようなもの。磨かなければ輝かないし、杜撰に扱えば、割れてしまうだろう。

だからいつまでも大切に温め合おう。


 

 週末の土日に信さんと浅野さんに会いに行く約束をしたのはいいけれど、それまでが思ったよりも大変だった。

 なにしろ会社で吉良さんと顔を合わせる度に、うっかり浅野さんの事を口に出しそうになってしまうのだ。

 でもよくよく考えてみれば、浅野さんの居所がわかったとしても、吉良さんが喜ぶべき状況なのかどうかは…実際に会ってみなきゃわからない。


 俺は週末が来るのがだんだんと怖くなってしまった。

 もし信さんが傍に居てくれなければ、きっとひとりで浅野さんに会いに行く勇気は出なかっただろう。

 当日、迎えに来た信さんの車の中で、俺はいつもより口数も少なく、高速道路からの景色を眺めつつ、オーディオから流れるジャズを聴いていた。


「由宇くん、緊張してる?」

「うん…。と、言うか…正直言うと、ちょっと怖いよ。会いに行って、歓迎されなかったらとか…浅野さんが結婚…してたらと思うとさあ…」

「僕はなんだか冒険者になった気分です。由宇くんが好きだった人を探して、見つけて、ついに会うことができる。ワクワクドキドキものです」

「第三者っていいよねえ~。気が楽で」

「そうでもありませんよ。本当は…僕も緊張してます。浅野さんに再会した由宇くんの恋心に火が点いたらどうしよう…とか、考えたり…」

「え?そうなの?…いやだなあ~、信さんが目の前にいるのに他の人に目移りなんてしませんよ。それに俺、信さんの身体で十分満足してますから」

「それ、喜んでいいんですか?」

「喜んでよ。信さん以外とは俺、抱かれたりしないから~」

 ハンドルを握る信さんの左手に俺の右手を重ねると、信夫さんは俺の手を握り返してくれた。

「ずっと一緒だよ。信さん」

「はい、由宇くん」



 ナビの予測通りに三時間半程で、俺達は信州長野の須坂という目的地に着いた。

 そこは都内では見たことも無い畑と民家がぽつりぽつりしか見当たらない田舎の風景だった。

 国道沿いに果樹園が広がり、電信柱には「どこどこの果樹園はこちら」との広告があちこちに貼ってあった。

 浅野さんの果樹園は国道から入り込んだ狭い道路を一キロほど走り、杉木立を抜けた場所にあった。

 派手では無いけれど、入り口には杉の木の看板、そしてその奥に大きめのログハウスが見えた。

 駐車場に車を置き、外に出る。

 空気は震える程に冷たかったが、雪は想像よりも積もってはいなかった。

 空を仰げば、底抜けに明るい一面に広がった青で俺達を歓迎してくれていた。


「さあ、行きましょうか」

 信さんに促され、俺も足を進めた。

 事務所と販売所と喫茶も兼ねたログハウスに入ると、お年寄りの女性が薪ストーブに薪をくべていた。

「すいません。こちらに浅…じゃなかった。藤原竜朗さんっていらっしゃいますか?」

「え?竜朗なら、まだ畑にいると思うけど…。あんたらどこから来られた?」

「はい、東京からです。昔、竜朗さんと同じ職場で働いていて、竜朗さんにお世話になった者です。久しぶりに先輩に会いたくなりまして…」

「ああ、そうですか。わざわざ東京から…」

「あの…竜朗さん、苗字が変わってますけど…、結婚されたんでしょうか?」

「いえいえ、あのバカは一生結婚はしませんよ。うちの娘があの子の母親なんですけどね、ここの農園を継ぐ為に、うちの養子になったんです。でも、結婚はしないって言い張るから、あの子の跡はどうなるか…。まあ、元々この農園は私の代で潰すつもりだったんですけど、あの子がやってみたいと言ってくれて。…それだけでもありがたいと思わないといけませんけどね」

「…そうですね」


 浅野さんのおばあさんに浅野さんの場所を教えてもらった俺と信さんは、畑に続くテラスからなだらかな丘に向かって歩き出した。

 しばらく歩いていると彼方からリンゴの木々の間を潜りながらこちらに近づいてくる姿が見えた。

 …浅野さんだ。

 俺はたまらず一目散に駆け寄った。

 息を切らして目の前で立ち止まった俺を、驚いた浅野さんが見つめる。

 ネットで見た浅野さんと変わらない健康的に日焼けした浅黒い顔と伸びっぱなしの髪に無精ひげ。でも鋭い目の輝きや、それとは逆にチャーミングな印象の口角は少しも変わってない。

 

 つまり…今の浅野さんの姿は、俺の期待を少しも裏切らなかったわけだ。


「あ、浅野さん、俺の事、覚えてます?」

 俺より背の高い…信さんと同じくらいの浅野さんを見上げながら、俺は問うた。

 浅野さんは少し首を捻りながら、俺の顔をじっと見つめる。


「え?…ええっ?おまえ、上杉?…上杉なのか?」

「はいっ!上杉由宇です。浅野先輩っ!おひさしぶりですっ!」

「いや、久しぶりと言うか…おまえ、昔とぜっんぜん変わってねえなあ~、あはは」

 浅野さんのおおらかな笑い声が辺りに響いた。

 それだけで俺はもう…


「浅野先輩は見事に変わりましたね。スーツよりも作業着の方が似合う浅野さんなんて…五年前は想像できなかったな」

「そうだろうなあ。こいつに慣れるのに一年はかかったかな」

「すごく似合ってます。相変わらずカッコいい俺の尊敬する先輩です」

「そうかあ…ん?」

 浅野さんは俺の後ろにひっそりと控えている存在に気か付いたらしく、信さんに視線を移した。

 信さんは、少し照れながら足を進めた。


「あの…初めまして。ぼ、私は由宇くんのい…従兄の…」

「信さん、浅野さんには嘘はつかなくていいよ。浅野さん、この人、今、絶賛交際中の俺の恋人、三門信彦さん、妻子持ちです」

「ゆ、由宇くん!」

「めちゃくちゃ愛し合っているけど、訳ありの妻子持ちです」

「ちょっ、由宇くん、そこ二回言う必要あるのかい?」

「う~ん、妻子持ちは…ちょっと手放しで祝福できない…かな?」と、腕を組む浅野さん。

「あ…すみません。すべて僕が悪いんです」

「嘘だよ。妻子持ちでも俺は信さんと一緒にいられて、幸せだよ。大好きな信さんを浅野さんに紹介したかった。浅野さん、俺、浅野さんが初恋だったんですよ。だけど浅野さんよりも大事な人をやっと見つけました。信さんは俺の最高の恋人です」

「…三門さん、上杉はまっすぐで仕事もできる子なんだが、情に流されやすいのが欠点だ。繋いだリードは緩めないようにしてください」

「由宇くんは僕が繋いでいるんじゃなくて、きっと僕が由宇くんに繋がれているんだと思います」

「そうか…じゃあ、それが赤い糸であることを祈っています。三門さん、そして上杉、俺の農園へよく来て下さいました。歓迎します」


 俺の目の前で、背格好が似ているだけの何の縁もない浅野さんと信さんが握手をしている。

 それはどこか滑稽で無意味なものに見えるかもしれないけれど、ここにだけ春の日差しが射し込んだように、柔らかく暖かかったんだ。



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