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13

挿絵(By みてみん)


13、


 三日三晩続いた熱も四日目の朝には平熱に戻った。

 信さんは、俺の世話の為にわざわざ有休を取り、ずっと俺に着き添っていてくれた。

 大丈夫だと言っても「いいんですよ。会社からは以前から有休を取るようにしつこく言われてて…。でも予定が無いのに休んでしまうのもなんだか悪い事してるみたいで…。ちょうど良かったんですよ。それに由宇くんの役に立てるなら、喜んで休めます」と、嬉しい返事。

「別に用がなくても、休めばいいじゃん。仕事ばっかりで嫌にならないの?」

「う…ん。僕は基本的に今の仕事が好きなんだ。なんかね…こういう言い方変だけど、文明の進化を目の当たりにするというか…新薬の研究って地味だけど、少しずつ前に進む過程が面白いんです。本当はもっと色々と勉強したい気持ちがあるんですけどね。会社の研究室じゃ限界がありますからね」

「ふ~ん…」

 初めて信さんの欲求と言うか…本当にやりたい事の一端を知ったような気がする。


 月曜になり、俺の体調も万全となり、無事出勤した。

 請け負っている仕事の調整が、俺の所為で遅れていた為、申し訳無く思い上司に謝ると、「一度ぐらいはお見舞いにと思ったけれど、近くに住んでいる従兄が世話してるって吉良から聞いていたから、安心したよ。まあ、取り敢えず仕事、頑張ってくれよ」と、俺の肩を叩く。

 あの吉良さんが俺の為に気を利かせた事に目を丸くしながら、俺は吉良さんのデスクに向って頭を下げた。「何をしてるんだ?」と、後ろから本人に尋ねられ、愛想笑い。

「全快のようだな。じゃあ、仕事行くか?」と、俺の腕を引く。

 今回の仕事は俺は吉良さんのパートナーとして働くことになっている。

 俺たちは仕事の現場に向かった。


 今回は古くなった商店街を今風のアーケードに仕上げる仕事なのだが…、設計デザイン担当と言っても、依頼主の要望を聞きながらの基本設計から、提示された予算で仕上げまでを見積もる建築積算までがうちの課の仕事で、その後は、建設課が引き継ぐ事になるのだが…大体において、個人の仕事ならスムーズに行く場合でもこういう大勢のクライアントの場合は、二転三転するからこちらも非常に気を使う。何度も現場に通いながら、細かい点を打ち合わせてくるんだが…意外にも吉良さんは辛抱強く相手の言いたい放題を聞き、納得させる提案を示していく。

 俺は吉良さんが人とのコミュニケーションが嫌いだと認識していたから、仕事場でのプロフェッショナルな吉良さんを大いに見直した。

 会社に戻る車用の車内でそれを言うと、吉良さんは「当然だろ。給料分は働くさ」と、あっさり返された。


「あの…ありがとうございます」

「なにが?」

「信さんの事、従兄って誤魔化してくれて…。説明するのが省けて助かりました」

「伊藤部長がおまえの事を心配して、何度も見舞いに行くっていうから…。俺がおまえだったら来て欲しくないって思ったんでね」

「病気もたまにするもんですね~。信さんの優しさがたまんなくて。益々惚れてしまいました~」

「でも、結婚してるんだろ?彼」

「まあ、そうですけど…。あまり気にならなくなりました。信さんも俺が一番好きって言ってくれてるし…」

「それくらい誰でも言うだろ?信じてるの?上杉も案外世間知らずだな…って感じじゃないな、あの人は。あの男は嘘がヘタそうだ」

「信さんは信頼できる男ですよ」

「そうか…。後輩が変な男に入れ込んでいたらって、少し心配したけど、あの人なら、調子に乗る上杉をシメてくれそうだし…いいひとって感じだな」

「そうなんですよ。信さんはすげえいいひとで…」

「だったら、俺の我儘に上杉を突き合わせるのは、辞めた方がいいな。あの人が可哀想だ」

「吉良さん。俺、別に構わないですよ。遊びで寝るなんて、皆やってることだし、信さんもわかってますから」

「だけど、やっぱりさ…」

「本音を言えばですね…俺、自分だけが幸せで、なんだか申し訳なくて…。浅野さんや吉良さんや…俺の好きな皆には幸せになってもらいたいんですよ。吉良さんが俺で少しでも癒されるなら、ただの遊びであっても優しさの愛情は慰めになりませんか?」

「…」

 ハンドルを握る吉良さんは何も言わず、ただ正面を見据えたままだった。

 窓から差し込む夕日が、吉良さんの顔を赤く染める。

 この人もまた、純粋な人なのだ。

 俺は吉良さんの幸せを祈らずにはいられなかった。


 吉良さんとふたりで行動する仕事が多くなる日々の中で、何度かラブホテルで抱き合ったりもした。

 浅野先輩との思い出や酷い悪口や愚痴は、吉良さんの積もり積もった愛情そのもので、それは他の誰にも消せるものではないと感じた。


 吉良さんとの関係を、信さんに報告するのは、俺の誠意だと思ったから、その都度正直に話した。

 最初は大げさに耳を覆う仕草で嫌がっていた信さんだったが、吉良さんの浅野さんへの想いを事細かく話していくうちに、段々と興味を持ち始め、とうとう「ねえ、由宇くん。いっそ浅野さんを探して、吉良さんの想いを伝えてみたらどうでしょうか」と、言い始めた。

「…」

 考えないわけでもなかった。だが、別れて五年経った今でも浅野さんが吉良さんと同じように想っているとは、到底考えられなかった。


「五年だよ、信さん。別れて五年も経っても、信さんは俺を愛し続けていると思う?」

「一年前だったら信じられなかった。けれど、今なら…五年後も由宇くんを愛しつづけている。…いられると信じられる。だから、吉良さんの気持ちがわかる。三年間も愛し合っていたんだよ。僕と由宇くんの三倍だ。なら、五年でも十年でも…ずっと想い続けていても不思議じゃないよ。そして浅野さんは吉良さんの愛した人だ。吉良さんと同じように想い続けていたとしたら…素敵だよ」

「でも…もし浅野さんが変わっていたら?…知らない人と愛し合っていたら?結婚して、家庭を持って、子供までいたら?それを知った時、吉良さんは…」

「そう…だね。でも、何も知らないままよりもずっといいんじゃないかな。このまま過去に生きるよりも…、どんなに辛かろうと未来への一歩を踏み出す時が必要だと思う。それに…いつまでも僕の由宇くんが、遊びであっても吉良さんと寝るのは…嫌だからさ…」

「…信さん。すげえ…嬉しいんだけど」

 信さんの本音は俺を有頂天にする。

 つまりは愛されている快感は、人を幸福にするって証明されたのだ。


 俺達は浅野さんの居場所を探すことにした。

 勿論、吉良さんには内緒にした。

 しかし、俺は浅野さんが今どこで何をしているのか、全く知らなかったから、どこから手を付けていいのかわからなかった。

 ふと、浅野さんの信州の実家が、果樹園をやっていると話していた事を思いだした。

 もしかしたら、その果樹園を手伝っているかもしれない。と、言うか実家の果樹園を探し出せば、浅野さんの行先も知ることができる。

 雑誌やインターネットなどで信さんと手分けしながら、浅野さんの行方を探す日々が続いた。

 だが、浅野さんがどこにいるのか、実家の場所さえ、手掛かりは掴めなかった。

 

 そうこうしている内に新年を迎えた。

 前もって兄に正月は帰省するように命じられていて、年末から三が日まで実家へ戻った。

 両親へのお土産も忘れずにいた為か、昔よりは歓迎されている気がする。

 否、実際母親の態度なんてものは、昔から変わらなかったのだ。ずっと同じスタンスで母は俺を愛してくれていたのだ。

 変わったのは俺の方。

 なんてことはない。結局は、俺自身の問題だったわけだ。

 下らないものを背負って、これまで生きてきたんだなあ…と、大損をした気分もあるけれど、自分が歩いてきた道を振り返ると、親への葛藤が己の根性を鍛えていたような気もする。…結局万事塞翁が馬って奴なのかもしれない。 


 驚いた事に、妹の知香がオーストラリアから帰省していた。

 オーストラリア人の恋人を紹介されてさすがに戸惑ったけれど、幸せそうな顔を見られて良かったと思う。

 輝有は相変わらず、クールでカッコ良かったが、娘の陽奈子の前では、ただの子煩悩の親バカに見えた。やっとよちよち歩きを覚えた陽奈子は、俺の腕に抱かれても嫌がらず、声を立てて笑ってくれた。

 …確かに無垢な子供はとてつもなく可愛い。

 まあ、それだけだ。

 俺には信さんの方がよりかわいいと思えるのだから、仕方がない。



 正月も終わり東京に戻った初仕事の夕方、信さんからメールをもらった。

 「浅野さんの居場所が、わかりました。夜、会えませんか?」

 俺は驚いてすぐに「了解。いつものホテルで会いたい」と、返事をした。

 仕事が終わると、即行で馴染のホテルに向かった。

 浅野さんの話も聞きたかったけれど、なにより信さんに触れたくてたまらなかった。

 だから先に部屋で待っていた信さんの姿を見つけると、走り寄ってキスをした。言葉を発するのももどかしくて、バカみたいにあせりながらお互いの服を脱がせ、思う存分愛し合った。


 会いたかった。僕もです。信さんに餓えてたよ、御節なんて目じゃないね。ふふ…僕の方がずっと由宇くんに餓えていましたよ。早く入れて。待って下さい、それじゃ、由宇くんが痛いでしょ?いいんだ、痛くても早く信さんと繋がりたい。嬉しいです、由宇くん…


 俺は「至福」と言う言葉を、体現していた。


 そして思う。


 たった十日間、恋人と会えなかっただけでこんなに恋しいのに、五年もの間、別れた恋人に恋をし続けるなんて、触れられないなんて…俺には到底我慢のできない話だ。



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