『夢』
イトリ村……大森林に囲まれた穏やかな村で周囲は大森林に囲まれておりそこから切り出される木材を利用し家具や日常雑貨などを作りその収益で細々と生活をしていた……一般的な平民向けに作られたその家具と雑貨は丁寧な作りと精巧なデザインによって一部の貴族や裕福層に異常なまでの人気を博し本来の価格の数倍以上で取引されることもあり一部の商人の間では『お値段異常・イトリ』の名で取引されているのであった。
それ以外は特に特筆すべき点もなく、長閑な農村そのものであった。
アビゲイルはその村で母親と妹と3人で暮らしていた。
父は僕たちが幼い頃に紛争によって命を落としていた。
母は気立てもよく村の人気者だったが多くの誘いを断り再婚せずに僕たちを育ててくれている。
僕は主に妹のアシュリーと田畑を耕し家畜の世話をしていた。
時には狩りによって日々の糧を得ていた。
子供はそんなに多くはなかったがそれでも歳の近い子供たちで野原を駆け回ったりそれなりに楽しく暮らしていた。
あの日までは
「アビゲイル!起きなさい」
真夜中、母に揺り起こされて僕は目を覚ました。
「アシュリーを起こして!急いで!」
いつもの母とは違う雰囲気に妹を起こすと母に続いて外に出た出た。
遠くで赤い炎の揺らめきが見えた。
母は訳も話さず2人を連れて家の裏手から村の中央の広場に向かっている様だった。
あの温厚な母がこんな険しい表情するなんて……振り返ると火の手は四方から上がっていた。
「お母さん…どうしたの?どこに行くの?」
「それよりも急ぎなさい!今は逃げる方が先よ!」
一体何から逃げていると言うのか……アシュリーが不安そうにこっちを見ていた……僕は強くその手を握り返すと母の後を急ぐのだった。
辿り着いた先は村の中央広場だった……中心には井戸がありその周りに村人達が集まっているがかなり混乱しているようだ。
「ここにいなさい」
そう言って母は大人たちが言い争っている場に参加して話し合っていた。
村の南側から数人の村人が大声で叫びながらこちらに走って来た……
その後から馬に乗った騎士が数名こちらに向かってやってくると抜刀し村人に対して剣を振り下ろした。
周囲から悲鳴があがる。
「やはり皇帝の差し金か!」
村長が騎士の姿を見るとそう叫んだ。
そして杖を掲げ詠唱を始めた……詠唱?
村長の眼前に小さな炎の塊が生まれそれが騎士に向け放たれた。
騎士は炎に包まれ落馬すると地面でにのたうち回った。
「!?やはりスペルキャスター!呪文を唱えさせるな」
その声に反応して、さらに多くの騎士が流れ込んでくると村長や周囲の村人に向かって襲いかかった。
「聖なる祈りよ!我らを守れ!守護防壁」
母が呪文を詠唱すると僕たちの周囲に巨大な白い幕が展開された…物理防御の魔力の壁により敵の騎士達はこちらに近寄ることができないでいた。
「いい?2人とも…今からこの井戸の中に降りるのよ!一番下には横穴があって……」
そこまで言うと頭上から轟音が轟き、強固なシールドが破られていた。
「馬鹿な!竜騎兵だと!?」
上空から巨大なドラゴンを操る騎士が現れそのブレスの攻撃によりあたりは阿鼻叫喚に包まれている。
近くの民家が爆発と共に弾け飛んだ。
「!!お兄ちゃ……!」
アシュリーが飛びつき僕を押し倒した……その上を夥しい破片が舞い散った……アシュリーが庇ってくれなかったら今頃……そのアシュリーが身動きしないことに気が付いた。
見ればアシュリーの背中には赤い染みがジワリと滲んでいた。
「!!アシュリー!」
村長の放った攻撃魔法がドラゴンの顔面を捉えた。
ドラゴンは苦悶の雄叫びを上げ地面へと激しくその巨体を打ち付けた……村長達のいた場所に……
「アビゲイル!早くこっちに!」
アシュリーを抱えて母の所に駆け寄った。
そこに1人の兵士が駆け寄り袈裟斬りにその剣を振り下ろした……
「アビゲイル!!」
母が僕を突き飛ばす形になりアシュリーと二人で地面に転んだ
兵士はすぐに追撃の構えを取り再び剣を振り下ろした。
「あぐぅ!」
母は僕達の間に入り込みその背に受けた衝撃に顔を歪ませると僕たちを抱えたまま薄暗い井戸の底へと転落するのだった。
井戸に転落する中 最後に見た光景は暴れるドラゴンに破壊される井戸と村人のものか騎士のものかわからない断末魔の叫びだった。