第『8』話
「ケ、ケイちゃん!そのネクタイ!『snow』!?』
次の日、早速ネクタイをつけて出社すると香苗がネクタイをマジマジと手に取り品定めを始めた……真剣な眼差しで手に取り細部まで確かめた結果、首を締められた。
「ちょっと待て!引っ張るな!マジ!マジで!!ぐえ…」
「慶次君!かなちゃん!離して!慶次君が!慶次君が!」
「ごめん!ついうっかり…でも凄いね!本物初めて見た!」
「見てわかる物なのか…知人に貰ったんだけどね…まぁ確かに自分でも気に入ってるよ」
ネクタイ一つで身の危険を感じる日が来るとは……
そのまま机に逃げる様に座ると兼光御一行が現れた。
「おはようございます…先輩」
「先輩?……誰だ?お前」
目の前の兼光は黒髪の清潔感溢れる新入社員の様な見た目になっていた…
しかも…先輩…だ…と?
「我孫子様…これまでの数々のご無礼お許しください…これからも坊っちゃまをお願いします」
「…お前も誰だよ」
しかもセバスまで別人の様になっていた……アレか?もしかして知らない内に異世界転移とかしてしまったのか?しかもそんな事を考えている内にセバスは帰って行ってしまった。
ほんとはドッキリ何だろ?そのドアの影に居るんだろ?……居なかった……マジか…
「なんかね昨日取引先から帰ってきてからゆみちゃんと話してたから…ケイちゃんの指導の賜物だね!」
何かかなちゃんが意味不明な事を言い始めた……指導?頭を叩いただけだが…
「我孫子君」
部長に名前を呼ばれ振り返ると顎で顔を貸せと面談室へと誘われた…
……やはり取引先の部長の頭を関西の漫才並みにどついたのはよろしく無かったのだろうか……だよな…
まずは先手で土下座からの謝罪でなんとか泣き落としの方向で行ってみるか……
「まずは今回の事助かったわ…有難う…」
「申しわ……いえ、全ては貴女の為ですよ…」
どうせ怒られるならとふざけてみた……『全く貴方は…』と呆れられて頭を叩かれていつもの日常に戻って行くのだった……
が、いつまで経ってもお叱りの言葉も頭へのご褒美も来ない……
目を開けると顔を真っ赤にした部長が口に手を当てて恥じらっていた……
おや…いつの間にフラグを立ててしまったのだろうか? このままだとゆみちゃんルートに突入してしまうのだろうか?まあそれも悪くはない気がするが……
「なんて…冗談ですよ…ほら約束のランチ…美味しいお店行きましょうよ!楽しみにしてますね」
「ふぇ?ええっ?!じょ、上司を揶揄うんじゃありません!」
そう言いながら由美子が慶次のネクタイを締め上げた。
「ちょ!部長!締まる!!」
「あ、ごめんなさい」
なんだろう…このネクタイ…装備した人を絞める呪いでもかかっているのだろうか?
「ごめんなさい……」
「いえ、ランチ期待してますよ」
「!?そ、そうね!期待しておいて!」
慌てた姿も意外に可愛いかった。
「むむむ、ゆみちゃんが女の目でケイちゃんを見てる…」
隣のかなちゃんが唐突にそんなことを言った
「そんな事は……」
無い筈と思ったが……あった…さっきからチラチラと事あるごとに目で追っている…確かに先日から慶次君は部長からして見ればかなりポイント稼いでるよね……
「今回の報酬としてランチに行くとか言ってたし……」
(親友の為にも早めに手を打っておこうかしらね)
隣で眉をひそめて面白く無さそうな表情の親友に視線をやる………本当に?
不意にそんな考えが浮かんできた。
(本当に親友の為に?自分の為にじゃないの?)
ふとそんな考えが浮かんできたがまだ真由美は明確な答えを持ち合わせていなかった。
かなちゃんとまみちゃんから週末にまた飲み会をやりましょうと誘われた……最近多くない?先週も三人で行きましたよね?
初回のような部屋に上がり込むようなことはあれ以来無いのだが……
いやいや本来は可愛い俺のスイートマイエンジェルの為に働いているのであって別に付き合う必要なくね?
(しかし魔乳の魔力は強大だ…この俺を持ってしてもこの魅了の魔法を弾き返すことはできないだろう)
いや決して興味がない訳では無いが……この世界では色々と問題が有り過ぎる為自重している。
そんなわけでまた飲み会に誘われてしまった…決して魔乳の魔力に負けたわけではない。
カナちゃんにどうしてもと言われ終いには泣かれそうになってしまったのだ……
雪姉に申し訳無いので早めに連絡を入れておく。
『あらあら…慶次くんモテモテですね』
何故だろう…電話の向こうの冷ややかな感じのする雪姉の声に背筋に冷たいものを感じた……しかし彼女の言い分も理解できる。
自分に家事手伝いを押し付けて自分は飲み歩いているのだ……全く酔えないけど。
「ごめん…今回は…」
『ではうちで飲んではどうですか?』
「は?」
『ですからうちにご招待しましょう…いつも『私の』慶次くんがお世話になっている方々なのですから……おもてなしをしなければ』
「でも……いいの?」
『はい……女子力の高さを見せつければ邪魔な女達は諦めるでしょ』
「え?なんて?」
『いえなんでも、楽しみですね!お姉ちゃんはりきっちゃうぞ!』
通話を終えた後 嵐の予感を感じた。
最寄りの駅から徒歩で5分…閑静な住宅地に辿り着いた。
駅前の喧騒は一体どこへ行ってしまったのだろうか……
古びた教会の前を通り過ぎると広大な庭の豪邸に辿り着いた。
「え……ケイちゃんの家って……ここ?」
「ああ……少し古臭い感じだが…中はそこまで悪くないからな?」
「凄く大きいね…もしかして慶次くん社長の息子とか?」
「なんでだよ…そもそもそんな立場の人間がなんで三流会社の平サラリーマンなんだよ…」
「え…うちの会社三流だったんだ……」
香苗がショックを受けていた。
そんな事を言っているうちに玄関にたどり着いた。
「まあ何も無い家だが…いらっしゃい」
「「お邪魔します……」」
玄関を開けると……
「お帰りなさい……あなた」
「「「!?あなた?!!!」」」
三つ指をついて出迎える雪姉が居た。
「「既婚者だったんだ……」」
「え?俺結婚していたの?」
「…いつも慶次がお世話になっております……雪江と申します……」
「「……奥さんいたんだ!!」」
「え?俺奥さんいたの?!」
気がつけば香苗と真由美が慶次のネクタイを締め上ていた。
「ちょ!締まる!締まる!!」
「どうゆう事?え?何?」
「慶次君私のことは遊びだったのね?」
「本当に死ぬから!息できないから!!遊んでもいないしまだ何も始まっていないから!!」
このネクタイ大丈夫なのだろうか?朝から命の危険を感じすぎじゃ無いだろうか?
「ふふふ…私は家事手伝いの雪江です…御免なさいね?おふざけが過ぎたわね」
「え?お手伝いさん?…やっぱりお金持ちじゃ……」
雪江が笑いながら事情説明する…
香苗達の誤解も解けて………
「『私の』慶次君が女子の『お友達』を連れてくるなんて…『正妻』みたいな感じで余裕でおもてなしするからね」
「うっ?!そ、それは嬉しいなぁ…『ケイちゃん』には会社でいつも『色々と』お世話をしてあげているから楽しみだなぁ」
「くっ?!」
気のせいか雪江と香苗の間に火花が走った。
「お世話してもらっているの?間違いじゃないのか?」
「お、お邪魔しまーす…ほら、かなちゃん…」
「え?う、うん…お邪魔します」
何やら不穏な空気を感じとった真由美が香苗の気を逸らす…
なんだか妙な空気だなーと思いながら慶次は二人をキッチンへ案内する…
「「「?!」」」
「大した物でなくて恥ずかしいわ」
目の前のテーブルには、所狭しと並べられた料理の数々が…簡単なものから手の込んだものまで…今から結婚式でもあるの?
「凄い!凄いです雪江さん!!」
「え、えぇ…それ程でも…」
「それ程ですよ!凄いなぁ〜憧れるぅ〜」
先ほどまでの剣呑な雰囲気から一転し、羨望の眼差しを香苗から向けられる雪江は戸惑いを感じた。
(この娘…やり難いわね……)
「私って家事とか苦手で…だからこんなに料理が上手な雪江さんを尊敬しちゃいます!」
「あ、ありがと……さぁ…皆さん座ってちょうだい」
「その前に…栞も呼ばないと…」
「…何?」
そこに丁度二階から栞が降りて来た…
「あ、貴女が慶次君自慢の妹ちゃんね!こんばんは!お邪魔します!私、西区寺香苗です」
「…真由美です」
「〜〜……いつも兄がお世話になってます…妹の栞です」
「やぁ〜可愛い〜!!」
香苗が栞に抱きついた……栞は驚いた顔をするが嫌がってはいない様だ。
この流れで僕も兄妹愛を……
「兄さん…触ったら口聞かないから」
確かめるまでもなく、僕たちは、強い兄弟の絆で結ばれていた。
「どうぞ召し上がれ」
「何言ってんの雪姉も一緒に食べるんだよ」
「え?」
なぜか、部屋の隅に立ったままの
雪江に声をかけた。
「でも…おもてなしだから…」
「一緒に食べる事もおもてなしになるんじゃないかな?」
「そうですよ!雪江さんも一緒に!!」
「そお?じゃぁせっかくだし…」
そう言いながらも、雪江が嬉しそうに着席する。
「じゃあみんな乾杯」
簡単な号令で夕食会が始まる
とはいっても、雪江の手料理はどれも素晴らしい味付けで香苗も真由美も絶賛だった。
『にゃおん』
スマホに猫の鳴き声の着信音が鳴った。
ラプラスの地声だ。
ディスプレイに表示された文字をタップして内容を確認する。
『先日もらった古銭をオークションにかけたらいい値段で売れたので株の資金にしても良いかにゃ?』
『了解 許可』
手短に返事を返す…
そうか、あの古銭売れたのか…
「あー栞ちゃんも『ゆるねこ』好きなんだ?」
香苗が栞のスマホの背面に貼られたステッカーを見て、自分のスマホの待ち受け画面を見せた。
そこには、丸々とデフォルメされた猫が、ぐったりとしているようなイラストがあった……
なんとなくラプラスに似てるな。
「結構友達の間でも流行ってるんですよ!かわいいですよね!」
「私、家にぬいぐるみもあるよ!なんとなく憎めない感じのゆるさがたまらないよね!」
思わぬところで栞の好みのキャラクター情報を手に入れた……後で爆買いしておこう。
「この出汁……隠し味に鰹節使ってますよね?」
「あら?真由美さんよくわかったわね…凄く少量よ?」
「実家が酒造なんで…舌が結構肥えてるんです」
「あら、お酒も行ける口なの?慶次君…明日はお休みなんでしょう?地下のお酒を出してもいいかしら?」
「あー構わないよ」
実はこの家には地下があり、物置になっているのだが、本来はワインセラーのような貯蔵に適した空間なのだ」
雪江が持ってきた。結構いい感じの日本酒を四人で楽しむ……学生の栞はつまらなさそうにしているが我が家は、法律を厳守しているので、お酒は20歳になってからである。
「私、明日部活があるから…そろそろ休みますね」
「あら、もうそんな時間……カナちゃん…そろそろ…カナちゃん?!」
「ふみゅう」
香苗は本日も既に酔いつぶれていた。
「もう遅いし…今日はこのまま泊めてあげたら?部屋も空いてるし…」
栞がそんな事を言った……珍しいな……よほど二人のことが気に入ったのか…
「申し訳ないわ…」
「いや、部屋は余ってるからね…」
「私が使ってる部屋でも良いわよ?ベット大きいから」
雪江が泊まり込む事もあるので彼女の部屋もある……というか既に住んでると言った方が良いレベルだ。
「ではお言葉に甘えて…カナちゃん!カナちゃん!ベットに行こう」
「う〜ん…けいちゃんと一緒に寝るぅ〜!」
香苗が突然慶次に抱きつきそのまま床に押し倒されてしまった。
「かなちゃん?!」
「んふー」
「寝てる…」
「すいません!!この子酔うといつもこうなんです」
真由美に引き剥がされた香苗は幸せそうに眠り続けている…
ふと、気がつくと、部屋の入り口で栞が頬を赤らめてこちらを見ていた……
しまった……衝撃的な光景だったか。
「栞…大丈夫?今のは事故だから…兄は無実だからね?」
「そんな言い訳……だ…さ…いっ!」
「!?」
そう言い残して栞は部屋を出て行った。
「あはは……栞は今日もお兄ちゃんが好きすぎるなあ…」
「絶対勘違いだよね?嫌われてるの?」
「まみちゃん!なんでそんなこと言うんだよう!」
「えーと…なんて言って良いのか……ごめんなさい」
「雪姉もマジレスで慰めるのもやめてくれよ!」
「んふーケイちゃぁ〜ん」
真由美は栞の消えた階段を見ていた……
(……今の…『誰にも渡さない』って言った?…もしかしてあの子……)
その後香苗は雪江と真由美によってベットに寝かされた。
なんだか今日は疲れた…そのままリビングのソファーで目を閉じていると雪姉と真由美がやってきた…これから一緒にお風呂に入るようだ。
「ちょっと!まゆまゆの胸どうなってるの?」
「やっ!雪さんだめ!慶次君起きちゃう」
「あー大丈夫大丈夫?慶次君あのソファーで寝るとしばらく起きないから」
そう言って、雪江はこちらに視線を向けるとニヤリと笑った。
これ絶対気がついてるよね。
「それにしても何食べたらこんなになるのよ?ずっと触っていられるわね」
「やっ!だめぇそんな触り方んんっ」
2人はそのままいちゃつきながら、浴室へと向かった。
慶次は起き上がると二人の消えていった浴室を見つめる……これは後で雪姉にご褒美をあげなければ。
体を伸ばすと庭に面した窓を開けてテラスに出るとタバコに魔法で火をつける
魔力だけが失われて、タバコの先に小さな火が灯った。
「はぁ……魔力だけは結構な量を消費してるんだよなぁ」
今回も、かなりの膨大な魔力が失われていた…一体この魔力はどこに消えているのだろう?
「反乱軍の艦隊を捕捉しました」
『よし!攻撃開始!』
帝国軍の旗艦のブリッジには、全身が黒の軍服の帝国軍将軍、ベースライダー卿が攻撃の指示を出していた。
今回反乱軍は帝国の建造した巨大惑星攻略兵器『デッドプラネット』の破壊作戦を実施してきたのだが……その情報は既につかんでおり、反乱軍は窮地に追い込まれていた。
「作戦部隊は?!」
「全滅です!!いや…ヌークの部隊がまもなく攻撃地点に到着します!!」
「ヌーク・スカイランナー!頼んだぞ!」
彼は、反乱軍でも、期待のルーキーで過去にも、様々な戦闘で生き抜いてきた戦士である。
今回の戦闘もなんとか敵の『デットプラネット』の表面に取り付いたが敵の攻撃に勝機を見いだせないでいた。
「ダメだ!このスピードでは熱反応炉へのミサイルは打ち込めない!!」
そうしている間に『デットプラネット』の『惑星破壊砲』のハッチが開き発射体制に入ってしまった。
その時、一筋の光が宇宙を抜けた。
それは燃える隕石を核とした『炎の流星』だった……やがて流星は『デットプラネット』を貫いた。
デッドプラネットは一際眩い閃光を放ち、周囲の帝国の艦隊を巻き込み消滅した。
「な、何だったんだいったい……」
「ヌーク!やったなぁ!さすがだぜ!」
「いや…俺は…」
銀河に新たな英雄が誕生した瞬間だった。
「兄さん……」
ベットの中で栞はそう呟くとスマホの画面を開いた。
パスワードを入力してシークレットモードを開くと、そこには画面いっぱいの笑顔の慶次の姿が映った。
「うふふ…兄さんは誰にも渡さないわ…私達たった2人の家族だもん……ずっと一緒に幸せに暮らすのよ……そうよね?兄さん」
その目は、光を映さず、暗く濁っていた……
両親を失った事で彼女もまた深く傷ついていたのだ。
その心の傷を癒したのは家族である慶次の無償の愛である。
傷ついた彼女が心を歪めたのも、彼の愛である。
栞の心は既に闇に堕ちていた。




