醒装コードNo.008 「少年、醒装の特訓を始めさせる」
設定過多と呼ばれる今日この頃。
……困りました。
最後まで読んでいただければ光栄です
「というわけで、今から許可済みの実習室に向かおうと思う」
「どこなんですか?」
ヴァルに質問された須臾は、黙って彼女をそばにあった学園案内まで連れていく。
「今、俺たち二人のいる場所がここだ」
須臾が指差したのは、ほぼ学園の中心に位置する校舎である。そこから各校舎には連絡通路などでつながっており、須臾はこの中でも特に南西に位置する校舎を指差した。
「実習室が多く存在する校舎はここだ。というわけで、今から走っていく」
「走るんですか?」
「ああ、徒歩で行くと半時間が吹き飛ぶからな。出来れば急ぎたい。……走るぞ」
そういうなり、須臾はゆらっと身体から力を抜いて立つと、常人ではありえないような速度で廊下を走り始めた。
必死に後をついていくヴァル。しかし須臾は手加減を知らないのか、そのまま廊下を一陣の風のごとく走り抜ける。
校舎にはだれもいないのか、誰とも衝突事故を起こさずに済んだのだが誰かいたら大怪我を負うのは当然のことだっただろう。
「待ってください~!」
半分まで行ったところで、須臾はヴァルの声に気づいて立ち止まる。振り返れば、ヴァルははるか後ろで息を切らせていた。
須臾は彼女のいる地点まで戻り、ヴァルに声をかける。
「大丈夫か?」
「……早すぎますよ先輩」
「うん。ここまで追いついてきたのはヴァルが初めてだ。よかったな」
あ、そうだったんだと少し安心するヴァル。もしかして、自分が劣っているんじゃないかと考えていもしたが、それは違うということを知って安堵したのだ。
「正直言って、無理かなと思ってたからな。ちなみにアンクは四分の一程で音を上げた」
正直言って、鬼畜である。須臾があの速度で走れる理由は、彼の父親である団長の訓練を直々に受けていたからに過ぎない。
しかし、その逆に直々に受けていない人たちは、誰もそれをマスターすることができない。そんな技術である。
「それを拾得すれば、何か得な点ってあります?」
「攻撃に当たらないのが一番じゃないか?」
その言葉に、ヴァルは納得したようにうなずいた。回避能力は【醒装能力】による戦闘でも特に必要とされるもの。飛び抜けた回避能力が強さの一つのステータスとなることはヴァルですら分かっていることだった。
「まあ、できるとは思えないんだけどな」
「教えてくださいっ」
「教えるも何もなぁ……。特に特別なことはしてないのだが」
須臾は迷った。ヴァルに自分の能力を拾得させるには、父親の存在が必要不可欠となる。
しかし、父親は多忙だ。一年のうち、実家にいる時間というのはわずか数週間であり、その間にもいつ仕事が舞い込んでくるか分からない状態である。
「少しだけ待ってくれ、そもそも俺の親が有名だってことは誰にも知られていないんだ」
「そうなのですか?」
「冥王と呼ばれている俺の親が、この国を守っているとは思わないだろうさ。偶然だって思われているよ」
セイリック・アリシト聖王国。この学園の位置する国の騎士団の団長が、須臾の父親だった。勿論のことながら騎士団は名誉職であり、それ相応に実力も伴っている。
双次は地球人最強と称されるほど強く、もちろん須臾もそうなんだろうと期待される。
しかし、まさか【楯装】を使わないとは誰も予想していなかったに違いない。それほどまでに、片方の【醒装】しか扱わないのは異質なのだから。
「そうですか……」
「そうだな。……おう、ついたぞ」
ヴァルが前を向くと、そこには広大なスペースがあった。
一面すべてが白い広大なスペースに、ヴァルは気圧されて絶句した。
建物の中になぜこんなに大きなスペースがあるのかと、先入観を覆されヴァルは頭を混乱させる。
「おっと慌てるな慌てるな。……この校舎自体、ほかの校舎よりも何倍も大きいんだ」
「で、でも」
早速始めるぞ、とヴァルの言うことを聞かない須臾。
ヴァルはあきらめて、自分をその場に適応させることを最優先とした。もちろん、戦場での適応力も大きなステータスの一つである。
「まず、一回ヴァルの実力を測りたい」
「分かりました」
うなずき、ヴァルは自分の前に手をかざすようにして唱える。
「性能:楯装。属性:【光】。醒装名:『光楯』」
ヴァルの手には一枚の楯。それは金色に目映く輝いており、そして巨大だ。質もいい。
須臾はその楯を一瞬だけ見つめ、自分の【醒装式】を唱えた。それに対抗するための【剣装】を展開する。
「性能:剣装。属性:【闇】。醒装名:『影剣』」
次に感心するのはヴァルの方であった。
(質良いですね。……さすが団長の息子と言うべきか、須臾先輩って、本当に地球人なんでしょうか……?)
醒威には、個人差により『量』と『質』が変化する。量が多ければ長い時間または多くの【醒装能力】を発揮でき、質がよければそれだけ威力の高い【剣装】または防御力の高い【楯装】を展開できる。
これも勿論、一般的にはエヴァロンの方が圧倒的に質が良い。しかし、ヴァルにとって読みとれる須臾の醒威は、自分と同等かそれ以上と見えて仕方がなかった。
「今から攻撃するから、防御か回避か、してくれ」
「あの……殺気が放たれているのですが」
「いつも通りだ。……痛くはしない」
そういうなり、須臾の姿はかき消された。
ヴァルはパニックになる間もなく、目の前に差し出された剣を無意識に弾く。……が、そのまま力で押し込められた。
圧倒的な速度、そして膂力。
ヴァルは一瞬で、アンクの言っていた言葉を理解した。
(この人には勝てない。なんですかこれ、チートじゃないですか……)
そして、みんなが彼のことを『冥王』という名前で囁き、怖がっているその理由も分かってしまったのだ。どんな多人数でかかろうとも、彼は無双を繰り返すのみだと直感し、考えてしまう。
それこそ、脅威。
「すまない、力を込めすぎた」
「いえ、大じょう……っ!?」
ヴァルは呆気にとられて、自分の展開していたはずだった楯を見つめた。
バリン、とガラスの割れる音とともに、押し込められていた楯は粉砕し、粒子と化す。
通常、たとえエヴァロン最強の人の剣であっても、数十秒で楯が砕けることは展開した人がよっぽど質の悪い醒威を持っていたかしかない。ヴァルの醒威の質は最高ランクである。それが試験でも結果としてノーダメージという結果を残した。
しかし、目の前の上級生はそれをたった数十秒で粉々にできるのだ。ヴァルはもちろんのこと、戦慄した。
怖い。しかし、これだけの強さを持つ彼から【醒装能力】を教えてもらえば、いつか周りに認められるかもしれない。
ヴァルはそう結論づけて、口を開く。
「……あの」
「怖かったか? ごめんな」
「いえ、そういうことじゃないです」
こちらの心境をしっかりと把握した気遣いに、すこし戸惑いながら、彼女は須臾に質問する。
「あの威力は、どうやったら再現できますか?」
「……あれは無理だと思うぞ」
「え?」
「……一応原理から教えようか?」
「い、いえ結構です!」
話が長くなりそうだ、と判断したヴァルは慌ててその話題を中止させる。
「そろそろ、あの……」
「ああ、すまなかったな。【楯装】での攻撃方法だが」
耳を澄ませて次の言葉を待つヴァル。須臾は息を吸うと、【剣装】を展開した。
「……っ!?」
「ヴァルは、なぜ【剣装】が攻撃力を持つか分かるか?」
その問いに対して、ヴァルは首を傾げた。
【剣装】が攻撃力を持ち、【楯装】が防御力を持つことは常識であり、いちいち考える対象に入らなかったため、反応できなかったのだ。
「……すみません、分かりません」
「その答えは、醒威を線で叩くか面で叩くかに影響するからだと思う」
異世界との交流が始まってもう百年が過ぎるというのに、地球人はエヴァロンの【醒装能力】について科学的に検証しようとはしなかった。
しかし、須臾はそれを考えていたのだ。醒威とは、簡単にいってしまえば地球人にとっての第五元素ではあるが、アンクといろいろと研究してみた結果、地球の物理法則にある程度準じていることが分かった。
つまり、構成されている元素は全く持って違うものの、【醒装能力】によって展開された武器は地球上に存在する武器とほぼ変わらない特性を持つ。結果的に、須臾とアンクはそれが流体で、固形物にも変換可能なものだと結論づけた。
ただ、威力はバカにならないが。
「何百年前、地球人は醒威のようなものを想像しては、【魔法】というものとしていろんな文献に残していたんだけどさ。それを作ろうと躍起になっていた時代もあったらしい。で、醒威が現れたとたんに探求心を失って醒威と【魔法】を無理矢理、頭の中で関連付けて一回も研究しようと思わなかったと」
「……その、誰も研究しようとしなかったものに須臾先輩は興味を持ったんですか?」
ヴァルの問いに、須臾はうなずく。その顔は、とても『冥王』と呼ばれるのにはふさわしくない、爽やかな笑顔。
一瞬ぽーっとなって、ヴァルは我に返る。
完全に見ほれていた、と赤くなっていく顔をうつむかせながら、出来るだけ平常の顔に戻そうとした。
「まあ、話を続けるぞ。結局、同じだと感じた俺は次に【剣装】の形を変えることは出来ないのか確かめた」
「でも、そんなことをしなくても理想形というものが……」
「それでは足りないと気づいたからな。理想形は確かに一番スタンダードで、汎用性に長けているが」
教科書には、一番展開しやすくオールラウンドに扱える理想形の【楯装】と【剣装】の形が載っている。勿論、ヴァルも事前に予習をしていたため、今回は理想形を展開させた。
醒装式は簡単で、そのまま属性一文字に剣あるいは楯を示す言葉を唱えるだけである。勿論前置きは必要であるが。
しかし、須臾はこれでは物足りないと感じていた。全員が理想形を扱っていたら、新しい発見もなにもなくなってしまうのではないかと。教科書にある応用形は、十種類も載っていない。
それが当たり前といってしまえば当たり前なのだが。何度も剣を持ち変えて戦うような人はいないためである。
「そのため、俺とアンクは図書館では飽きたらず自分たちでオリジナルの【醒装】を展開することは出来ないかと模索した。この結果がこれだ」
そういうなり、須臾は構えて醒装式を唱えた。
「性能:剣装。属性:【闇】。醒装名:『影剣』。これが俺オリジナルのものだ」
ぽいっ、とヴァルに投げて寄越す須臾。ヴァルは、その行動で【剣装】が粒子化しないのを目の当たりにして、再度絶句した。
「……なぜ投げても消えないのですか?」
「そう出来るように展開したから」
須臾の答えは簡単である。まるで、「なぜ人を殴ったの?」と聞けば「目の前にいるから」というように理不尽だ。
ヴァルは数分間握って、未だ全くもって粒子化されていない【剣装】を見つめて目を白黒させていた。
「明日から、ヴァルの楯を剣として使用可能にする」
「……いきなりですかっ!?」
「いや、段階を踏む。……新人戦までに完成させるのが目標だ」
一年生が入学して約一ヶ月後に開かれる『醒装新人戦』は、毎年の恒例行事として有名だ。一ヶ月の授業の成果を上級生にアピールする絶好のチャンスでもある。
「……はい、よろしくお願いします」
「おう、任せろ」
須臾はそういってヴァルの、夕日を浴びて光り輝く銀色の髪に手をそっと置いた。
御読了感謝です。