醒装コードNo.007 「少年、女史から説明を受ける」
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速く10万文字に到達させねば!
という訳で、ラブコメっぽい何かです。
論争がピタリと止まったのは昼休みの時間である。午前三時間、午後三時間の授業の間にもうけられる、昼食の時間四十分。
ちなみに授業は一時間で、授業と授業の間には十分の休みがもうけられている。
「須臾せんぱーい。……あれ?」
教室の空気が凍ったことに、ヴァルは気づかないほど鈍感ではない。むしろ、敏感な方だといえるだろう。
しかし今回の空気の固まりようは、例えどんな鈍感でも気づくであろう。
一斉にガヤガヤと騒いでいた生徒が、全員話を止めて須臾とヴァルを交互に見つめる様は、どこか異常なシュールさを醸し出していた。
「……どうした?」
「一緒にご飯食べましょ……?」
立ち上がる須臾。そこに、人の海がパカッと無意識にあけられる。
須臾はなんだか申し訳ない気持ちになりながら、ヴァルに近づいていった。
「……あぅ、なかなか……」
「だろうと思ってた。結局こんな反応だろうなって」
さて、いくぞとヴァルの背中を押して食堂に向かう須臾。彼の表情は明るい。自分を怖がらない人が一人増えただけで、収入は十二分だと判断したのだ。
無論、教室内外関係なく須臾が道を歩いただけで人は割れるように彼を避けていくが。
「おー須臾。こっちも噂で持ちきりなんだが」
「事実を知っている人の少ない一人だからな、アンクは。……さぞや質問責めにあったんだろうな」
アンクが須臾に気づき、合流する。
やはり学年全員に伝わるか、と妙に納得した須臾は気にせず歩を前に進める。
「うん、無理矢理言うことを聞かせたとか、調教しているとかっていう噂がながれてるけど」
「誰だそんな噂を流したのは」
「え、俺だけどって痛い! 痛い死ぬ!」
アンクに向かって、須臾の容赦ない突きが命中する。
須臾は勉強面では散々たる様なのにたいし、【醒装能力】を含めた実技科目は常にトップクラスである。
その中でも運動神経、動きの速さは学年首席、または生徒会長をも凌駕すると噂されており、そのトンデモさを強調しているようだった。
「あの、クレセントムーン先輩」
「アンクでいいよ。きにしないで」
「……アンク先輩。アンク先輩と須臾先輩ってどちらが強いんですか?」
後輩からの直球すぎる直球に、アンクと須臾は顔を見合わせた。長い硬直時間の後、先に口を開いたのはアンクである。
「……本気でやったら、【醒装能力】では俺は須臾に勝てないかな」
「本気で、ですか?」
アンクはうなずき、隣で黙ったままの須臾を横目で見ながら言葉を続けた。
「あー、簡単にいってしまえば須臾の【醒装能力】における戦闘センスって、そこらへんのエヴァロンよりもいいんだよな。でも、決して本気を出さない。……本気を出さなくても、充分に強いんだけど」
防御の方法も知らないし、とアンク。それに対して須臾は、「【楯装】の力を使わなくとも、【剣装】で防御すればいい」と発言した。
一見聞いたら無謀で、【醒装能力】を使っている人にそんなことを言ったら、万人中万人が笑うようなことだがアンクは笑わない。
いや、笑えないのだ。
それが須臾の中では事実で、多くの学園内で行われる試合のなか、【楯装】を使わずに勝利してきた須臾の姿をきっちりと心の中に納めている結果である。
「……俺の理論が正しければ、【楯装】で攻撃することだって可能なんだよ」
その言葉はアンクに向けられたものではなく、ヴァルに向けられたものだ。しか
もそれはきちんとヴァルの心にも届いているようだと、須臾は心の中でほほえむ。
表情に出さないのは、表情に出すと極悪人が何かを企んでいるような表情にしか見えないからである。
「……私、がんばってみます」
「ん? どういうことだ?」
アンクが首を傾げるも、返事は戻ってこなかった。
須臾は立ち上がり、ヴァルに問いかける。
「何か食べたいものは? なんか奢るよ」
「いいんですか? では、B定食でお願いします」
「おう」
ヴァルが選んだのは、ABCと三つある定食の中で値段が高くも安くもないものだった。
A定食を選んだら先輩に対して調子に乗っていると勘違いされ、C定食を選んだら遠慮しすぎていると勘違いされる。
ヴァルの判断は正しいものだった。須臾はなにも言わず、券売機の方へ向かう。
「……アキュムレートさん」
「ヴァルで良いですよ」
須臾の姿が二人の視界から消えた頃、アンクがヴァルに話しかけた。
空いている三人が座れる席へエスコートし、真剣な顔つきでヴァルを見つめる。
何事だろう、と首を傾げるヴァルに対しアンクは息を吸って言葉を紡ぐ。
「……須臾のこと、よろしく頼むよ」
「えぇと、どういうことでしょうか?」
「彼には信頼できる人がいないんだ。須臾にとって、俺という存在は信用できても信頼できない存在らしい」
一年間のつきあいで、アンクが導き出した答えである。
篠竹須臾という人間は、他人はおろか家族さえも信用しない。それは彼の取り巻く環境が生んだ性格であり、変えるのは難しい。困難を極める。
「では、なぜアンク先輩は須臾先輩と?」
「その状況を打破したいからに決まってるだろ? ……俺は幼少期からなに不自由なく生きてきたから、少しでも須臾みたいな環境の人たちの気持ちも分かりたいんだ」
何このイケメン、とヴァルは素直に思ってしまった。しかしそのあと、すぐに気持ちを取り直して頷く。
「わかりました。私も微力ながら全力を尽くさせていただきます」
「話し方が堅いな。……普通に喋ってていいんだぞ?」
「これが普通の話し方です。……あ、来ましたよ」
ヴァルの指さす先は、器用に三人分の定食を運んできている須臾の姿だった。
「席取りありがとう」
「いつものことだ、気にするなって」
「あ、ありがとうございます」
本当にB定食を持ってくるとは思っていなかったのか、ヴァルは唖然とした顔で受け取った。
アンクは事前に食券を須臾に渡していたため、特に気にしたそぶりもせず受け取る。
彼が須臾に持ってこさせたのはもちろん理由がある。……簡単に言えば、誰も近づかないためすぐに食事をとれるのだ。
「いつも使ってごめんよ」
「気にしてない。……それよりもさっきヴァルに何を話していたんだ?」
「何も? ……いや本当に何もしてないって」
ジィッと見透かすように見つめる須臾に、慌ててごまかすアンク。
アンクは決して須臾が怖い、というわけではないのだが、視線が苦手なのだ。
「どうだ初めての学食は?」
「……おいしいです」
そうか、と須臾はいうと学食に手を付け始める。
その顔は、わずかにだが笑っているようにも見えて。
(……あれ?)
ヴァルは、少しだけ須臾に対する評価を改めた。もちろん、最初から怖がっていたわけではないのだが、『申請書』を提出した時に苦い顔をした担任や、周りの視線、雰囲気を感じ取ってやはり「恐れられている」孤高の一匹狼だと思いかけていたのだ。
しかし、それは事実ではなかったのだ。
「須臾先輩」
「ん?」
ヴァルはこちらを向いた須臾に対して頭を下げる。
「明日から、ご指導よろしくお願いします」
「ああ、その件だけど、今日の放課後に俺の教室に来てくれるか?」
須臾からの言葉に、一瞬だけヴァルは身体を反応させる。
しかしすぐにリラックスした気分になって、頷く。須臾はその変化を感じ取って、心配ないといったように首を振った。
「教育生についての説明があるだけだ、怖がらなくてもいい」
放課後、ヴァルは一直線に須臾のクラスへと向かう。
もちろん急いだのは少し遅れたからだ。クラスメイトから須臾との関係を問い詰められ、須臾の悪名高いうわさを聞かされて正直うんざりしていた。
「顔、疲れてるぞどうした?」
「いえ、須臾先輩は気にしなくて大丈夫です」
先輩に迷惑をかけるわけにはいかない、そう考えたのだろう。しかし須臾に常識は通用しないように感じられた。
彼のとった行動は、そっと頭をなでること。
「……正直さっきまでは乗り気ではなかったが……」
言い訳がましく聞こえる言葉。須臾は慎重に言葉を選びながらヴァルに話しかける。
「一年間、責任を持つことになったから、今日から気にするし……ヴァルのことは俺にも関係あることだからな?」
「……なんか、先輩が言うと狡いです」
ギャップが、と顔を赤らめたヴァルに対し、須臾は。
「……なんかごめん」
なぜか謝っていた。ほぼ無意識である。
そしてドアからリーン女史が入ってきた。赤い髪の毛を揺らし、リーン女史は二人を見つめる。
「君がヴァルキャリウス・アキュムレートか?」
「は、はい」
鋭い眼光に、上ずった返事をしてしまうヴァル。リーン女史は特に気にした様子もなく、「その辺に座ってくれ」と言ってそばにあった椅子に腰かけた。
須臾が頷くのを確認して向かい側に座り込むヴァル。彼女が座ったのを確かめ、その後須臾が座った。
「まず……『申請書』が認められたことに対して、得られる権利についての話をしよう」
女史は数枚の紙束を須臾に手渡し、中身を確認させるように指示した。ハテナを顔に浮かべて首をかしげるヴァル。
須臾はすべての書類に恐ろしい速さで目を通すと、ため息をついてヴァルに差し出した。
「……これは厄介だな。システム上、新入生にとっては便利なんだろうが」
「篠竹はわかるのか。……その理解力を勉強面でも発揮してほしいところだが」
そこで遠慮がちに、ヴァルが手を挙げた。リーン女史は彼女に続けるように指示し、ヴァルが恐る恐ると話し出す。
「あの、意味が分かりません」
仕方ないな、と笑ったのはリーン女史だった。
そして一枚一枚、重要箇所を指差しながらヴァルに説明する。
リーンが説明したことは
・『申請書』を提出したペアのうち下級生のほうを教育生、上級生のほうを師範生と呼ぶ。
・教育生は授業のない時間、師範生の授業を受講することが可能になる。
・教育生の失態は全て師範生の責任となる。
・ペアには自由時間が与えられる。醒装教育生用に許可されている場所で醒装の訓練を受けることが可能。その場合、師範生が指導をすることになる。
・学園生活内で教育生が関係することに、師範生が干渉することが可能。
・教育生の参加する試合に、助太刀として師範生が乱入することが可能。
いくらなんでも面倒くさすぎる、と誰にも気づかれないようにそっと須臾は呟いた。
つまり簡単に言ってしまえば『申請したんだから、問題は二人で解決してね。教育生のトラブルは上級生がなんとかしなさい』と遠回しにつらつらと並べられているのだ。
はぁ、と須臾はため息をついた。ヴァルと出会って未だ二日、既に充分厄介ごとに巻き込まれているような気がする。
「篠竹、どうしたんだ? ……まあ、ため息の理由もわからないわけではないが」
「面倒くさいなって思っただけですよ」
「確かにそうだな。恐ろしいほどに師範生にとっては面倒くさい制度だ。しかし、その反面教育生は著しい成長を見せることとなる……はずだ」
一般的に教育生は申請をしない生徒と比べると二倍近い速度で成長するといわれている。
その状況下の筈だったのだ。
「……しかし、篠竹は【楯装】を使わない。アキュムレートは【剣装】が使えない。こんなに対極的なペアは初めてだ。正直不安」
先生にまで不安と言われる始末。しかしヴァルの目は輝いている。
まったくもって動じていない。
「私が申請した理由は、【楯装】で攻撃する方法を知るためですから」
「まったく、君も無茶をする。そんなこと……普通はできるはずがないというのに」
リーン女史が「普通は」と言ったのは、須臾が【剣装】で防御をして見せるからである。
決して攻撃は最大の防御、という意味合いのものではなく、実際に剣で魔法を弾き、剣を受け止め、楯を粉砕し、敵を敗北へと導く。
そんなことが立て続けに去年一年は起こっているのだ、もちろんリーン自身も予測はしていなかった。
(さすが団長の息子ということか。親子そろって地球人だというのに)
一般的な認識として、地球人が【醒装能力】においてエヴァロンに相当することはできるものの、エヴァロンを決して打ち負かすことはできないとされている。
その認識を打ち砕いた最初の地球人が篠竹双次であり、その息子である須臾も結局「蛙の子は蛙」ということになるのかもしれない、とリーンは思ってしまった。
「まあ、できると思いますよ。少なくても、不可能ということはあり得ない」
「篠竹、その根拠は?」
リーン女史の言葉に、須臾は答えた。
「母親がそのタイプですからね」
「なんですかそれ!」
ついにヴァルが叫んだ。
まさか自分と同じ境遇の人がいるとは予想していなかったのだ。
「まあ、地球人だけどな」
「いえ、前例がないのかと思いました」
確かに前例はないわけではないが、前例をないと思わせるのには充分な要因がある。
【醒装能力】に問題がある人はまず【醒装能力】を学ぶための学園なんかに通うこともないし、そもそも迫害を恐れて人にしゃべろうとしない。
第一前提として、この学園に通うためにはある程度とびぬけた能力などがないと通えないのだ。
「たしか……、アキュムレートは……」
「そうですね、試験監督の攻撃に対してノーダメージで通過いたしました」
その言葉に、絶句するのは須臾のほうだった。
この学園の試験は、その名の通り生徒を落とすためにあるからだ。試験監督は本気でかかってくるし、須臾ですら腕を骨折。
ひどい人はそのまま入院するまでになるという。
須臾は、目の前の少女が実はとんでもない実力の持ち主ではないのかと戦慄した。
「何を驚いている、この学園では二回目だろう」
「……一回目は俺ですけどね?」
ヴァルとはほぼ対称的に、試験が始まるや否や相手に殺到して倒してしまったのが須臾である。骨折は力加減の誤り、というものでありってその試験を目撃していた教官たちは、口をそろえて畏怖と称賛の意味をこめ「化け物」と呼び、それが悪いほうに傾いていき今は「冥王」などとたいへん物騒な異名で呼ばれているだけなのだ。
「なら、可能だと思いますね」
「そうか……なら私も安心だな」
リーン女史は気が抜けたようにそういうと、深く座りなおす。
「それでは、これで説明は終了だ。今日から早速使ってみるのもいいと思う」
立ち上がるリーンに続き、須臾とヴァルも立ち上がる。
そしてリーン女史に一礼をして、二人は部屋を後にした。
御読了感謝です。