醒装コードNo.061 「戦闘意欲《Combat_motivation》」
「あ、すっかり忘れていたが、今日ってレイライトとの試合か」
篠竹須臾は、目覚まし時計のアラームを止めながら自分にいいきかせるようにつぶやいた。
その隣には、未だすぅすぅと寝息を立てているヴァルキャリウス・アキュムレートと【聖典精】の雪那・エッジの姿があった。
付き合って数週間で、ついに同居することになったのである。
「ぅぁ……あぅ?」
「おはよう」
わずかなうめき声をあげて、目を開いたのは雪那だった。
その、手乗りサイズの身体を伸ばして飛び上がると、差し出した須臾の手の上に載ってにこりと笑顔を見せた。
「なんだか難しい顔をしているけれど、今日は何かあるの?」
「戦闘」
ああ、なるほどねと雪那。
しかし、彼女はすぐれない須臾の顔を見て首をかしげた。
「この学園では、醒装の実力が最優先なのかしら?」
「すぐれた醒装使いは、将来この国を守る騎士になったり、地球に帰って研究材料にしたりするんだとさ」
須臾は卒業後のことをそんなに考えていない。
なんせ、「悠遠」の称号さえ手に入れられれば、卒業後は父親と同じ場所に行けると思っているからだ。
実際、須臾の考えは間違ってはいないし、彼の実力からすると手に入れられるまであと一歩。
そのため、本日の戦闘は、特に負けられないものになる。
「難しい顔、する必要なんてないんじゃない?」
「……?」
「貴方が、負ける可能性なんて1割を切ってるんでしょう?」
聖典精は、そういって顔から花を咲かせると、須臾はしかし首を振った。
「言い方が悪いかもしれないが、競技や決闘っていうのはキセキが起こりうるものだからな」
絶対はない。それを言いたかった須臾だったが、思ったよりもよく伝わっていないようだ。
雪の名前を冠した聖典精は、首を傾けると訳が分からないといったような顔で目をしばしばと瞬きをした。
「まあ、今回は勝つがな」
「……ふふふ」
楽しみにしてるから、と白い花は笑う。
そんな彼女を見つめながら、数分後。
須臾は目をやっと離し、ヴァルを起こしにかかるのだった。
「思えば、そんなにであって時間ってたっていないのですよね」
「まだ3か月以内だな」
夏前。
そう、未だに夏前なのである。
その間に、二人の間には何があっただろうか。
それらは、二人の記憶にこれからも残り続けていくものなのだろうか?
「今日の試合、勝てるの?」
「ホムラは、まけるとおもっているのか?」
いい雰囲気でヴァルと須臾の二人がいるとき、そこに横やりを突き入れたのは灼熱の髪をもつホムラ・フラッシュオーバーだった。
ホムラに向かってジトっとした目を向ける二人。
その視線にあてられたホムラは、少々たじろぎながらも首を振った。
「いいから見ていろ」
「……まあ、会長の事は心配していないんだけどね」
これに勝てば、ついに【悠遠】の称号をかけて愛漸キリとの戦いである。
そのためにも、須臾は胸の奥から湧き上がってくるその高ぶりを、抑えられずにいた。
「圧倒的な力で、上から叩き潰す……」
「なんか、須臾さん怖いです」
ヴァルの言葉も、今や彼の耳には入っていなかった。
――戦闘意欲が、また噴き上がりそうになる。
――自分が、自分でなくなるように、
――自分が、醒装と一緒になるように。
周りの事すら正常に判断できない、ということはさすがになかったものの、彼の行動は異常だった。
ホムラとヴァルは、心配そうにお互いの顔を見合わせて同時に首をかしげた。
万が一のことがあれば、私たちはどうすればいいんだろうと。
二人は思案して、諦めた。




