醒装コードNo.006 「少年、周りに勘違いされる」
MFに間に合わせるため急発進です。
昼、夜も更新する予定ですね。よろしくお願いします。
「……嘘ぉ」
初めて出してしまったような声を発したのに、須臾は気づかなかった。目の前にはニコニコと月のように神秘さを称えながら、微笑んでいるヴァルの姿。
「……隣じゃねえか……」
「ふふっ」
笑みを崩さないヴァルに対し、須臾は身の危険および立場の危険を感じる。
このままの状態だと社会的にも抹殺されてしまう……。
そう思った須臾は、目にもとまらぬ速さで部屋の中に入ると、無遠慮に鍵を閉めた。
「あっ。……せんぱーい?」
取り残されたヴァルは、しかし未だに笑みを絶やさない。
やっと目的の人に会えた、と喜びを隠しきれない。心のよりどころになってくれるだろう、と思った。
目つきが少々厳しくて、ほかの人が寄ってこないのも都合がいい、と。
「では、明日からよろしくお願いしますね?」
ドアに向かって話しかけるも、もちろんのこと返事はない。
しかしヴァルは一礼をすると、パタパタと部屋の中に入っていく。
次の日から、大変な思いをするなんて考えもせずに。
「よう、おはよう須臾……え?」
「……なんだアンク」
朝、登校中にアンクは須臾の姿を見つめて声をかけ……途中でそれは中断された。
理由は簡単、彼の隣にはヴァルがいたからである。笑顔のヴァルとはほぼ対称的に、須臾のテンションは最悪だ。
朝から付きまとわれては何もしようがない。
道行く人々には「鬼畜」と呼ばれ、いよいよ社会的にも立場が危ぶまれる状態で、須臾はなんとかヴァルの腕を引きはがすことで回避しようとする。
しかしそこを問屋は降ろさなかった。
死んでも引き剥がされまいとヴァルは必死にしがみつく。
先に折れたのは須臾だった。
「……アンク、そろそろお別れかもな、ははは……」
「いやそれ笑えないから。ヴァルキャリウスさんも、いい加減離れて」
「はーい」
なぜ俺の言うことは聞こうとしない! と頭を抱える須臾。
ヴァルを腕にくっつけたままのため、ヴァルも一緒に持ち上がった。
「わわ、力あるんですね」
「はいはい」
ため息を付き、須臾はヴァルを引っぺがした。
「そろそろ学園だから、いい加減離れろ」
「あう」
「須臾、……いいにくいけど、もう手遅れだと思う」
須臾がハッと目を前に向けると。
ヒソヒソヒソヒソ……と男子生徒女子生徒関係なく、生徒たちが囁き声で何かを話している。
無遠慮に須臾たちのほうを指差さすような生徒はさすがにいなかったものの、須臾にとってはかなり居心地の悪いことこの上ない。
しかし、ヴァルもアンクも気にしたそぶりは見せない。
「他人事だなおい」
「こういう時は気にしないのが一番だ」
「まったくもって同感です。気にするからみんなが
ちょっかいをかけてくるんですよ。気にしなければどうということはありません」
須臾は、あっけらかんとした二人の態度に唖然とすること三分。
時間を確認し、慌てて走り出すこと二分。
結局、教室に到着したのは始業の鐘が鳴る一分前。
「……はぁ」
教室にはアンクが居ないため、基本一人での行動となる。簡単に言えばぼっち。
もちろん、クラスメイトの大多数は須臾を恐れて近づかないばかりか、最近は『冥王』と呼ばれ始めたため、話しかけられることもほぼない。
須臾は劣等生であって不良ではない。
授業は毎日欠かさず出るし、欠席はおろか遅刻すらする事は少ない。
しかし、肝心の成績は伸び悩む。
「寝ようかな……」
須臾の席は一番後ろの窓側である。今は4月、暖かい日差しが差し込む窓側の席は、生徒の眠気を誘発させる。
当然須臾もそれに耐えられるはずがなく。
「……ふぁ」
つい、欠伸が口から漏れ出てしまう。
しかし次の瞬間、教室に駆け込んできたリーン女史の姿で彼の眠気は吹き飛んだ。
「篠竹須臾。ちょっとこっちへ来い」
また何かやらかしたか、とため息をついて須臾を見つめる教科担当とクラスメイトたち。しかし須臾はなぜ呼ばれたのかを推測できていた。
「……これはどういうことだ?」
「……あー、そのままの意味だと思います、はい」
「相手は満面の笑みで提出してきたと聞いているぞ、……こんなに早い段階でか?」
リーン女史が手にもってひらひらさせているのは、紛れもなく。
『醒装教育申請書』である。そこには、昨日サインした須臾の名前と一年のヴァルの名前があった。
「……アイザレア先生、いったいどういうことでしょうか?」
耐えきれなくなったのか、教科担任がリーン女史に問いかける。
それが引き金になったのか、クラスも次第にうるささを増していく。
「この子宛に、『醒装教育申請書』が届いた」
「なんだって!?」
そんなに驚くことか? と須臾は首を傾げる。
クラスは水を打ったように静まり返り、音は教室から消去された。
須臾は、横目でクラスメイトの反応を観察した。
女子生徒は怯え、男子生徒は男子か女子かにしか考えが言っていないようだ。
男って本当に単純だ。
そう思いながら須臾はまっすぐにリーン女史を見つめ返し、彼女が口を開くのを待った。
「これは事実なんだな?」
「はい。……あーはい」
「ではわかった。今日この時間を持って、篠竹須臾とヴァルキャリウス・アキュムレートの申請を完了する。詳しい話は放課後、この教室でしよう。……教育生を連れてきていてくれ」
「はーい」
須臾が返事をすると、これで話はすんだと言わんばかりにリーン女史はきびすを返し、部屋から出る。
その後の授業は成り立たず、ほぼ雑談で時間は過ぎていっていた。
しかし話題の中心に居るはずの須臾は会話には交わらない。
男子生徒も、授業が終了するまで相手が男子生徒か女子生徒かの論争を広げつつ、しかし本人に訊くことはなかった。
御読了感謝です。
やっぱり、学園ものは書くのが楽しい。
ここのジャンルに結局は行き着くようです。私は。