醒装コードNo.059 「聖典精2《Ark_Kairos》」
聖典精とは、伝説上アポリュト醒装学園の、妖精の住むとされた森に眠る影の主である。
彼女たちが目覚めたのは今年の4月。
そう、ヴァルキャリウス・アキュムレートと、篠竹須臾が出会い、須臾が彼女を引っ張っていったその時である。
その時から、彼女……【雪那】はヴァルキャリウスに付きまとっていたのだ。
「というわけで、あなたの恥ずかしい独り言とかも」
「ひぇぁぁぁぁ!?」
ふふふふー、と意地悪そうに笑う雪那に、ヴァルは心底恥ずかしそうな、穴があれば入りたいといったような顔で声を漏らす。
そんな彼女の姿を見ながら、聖典精はますます笑みを広げる。
「とにかく、隠密監視のターンはもうおわり」
「はい?」
「これからは、あなたのそばで貴女の、本当に手に入れるべき力を判断させてもらうから」
安心して、あなた以外に姿は見られないようにするから、とウインクをする雪那。
まったくもって安心できないと、ヴァルはへなへなとベッドにへたり込み、そのまま二度目の睡眠に入るのであった。
「さて、彼は何をしているのかな?」
雪那は、ヴァルキャリウスに再度布団をかけながら、その隣の部屋のほうを見る。
そこにあるのは、須臾の部屋であり。
彼女の、大切な人がおそらくいるだろう場所である。
「ふむ、大体の状況は察した」
「わかってくれるとありがたいね、本当に助かるよ」
雪那の予想通り……というかそもそも計画通りに、須臾の目の前にも聖典精は出向いていた。
身長は雪那とそれほど変わっていない、男の妖精は須臾に対して【エッジ】と名乗る。
須臾は、特に何も不思議と思わず彼の話を理解すると、特に取り乱すこともなくベッドに寝っ転がった。
「力、か。本来の力は、誰かに与えられるものではなく自分からつかみに行くものだと思っていたんだが」
「その認識は決して間違っていないが、そもそもの前提が違うな。私の与える【力】は、どんな努力を重ねても得ることのできないものだ」
それはそれでいいんだが、と須臾。
正直、須臾にそんな力がなくても今の状態で並みの大人どころか、父親以外には負ける要素のないことになっているのだが。
そんなことを知っているからこそ、エッジは彼を選んだのだ。
「なぜ、楯を使わないのだ?」
「楯を使わないのは、いちいち展開式を唱えることがめんどうということと、剣で防御できるというのなら必要ないのかと思っていたから」
その言葉に、エッジは彼がすでに人間なみの力どころではないことに気づいた。
はたして、この人は何を言っているのだろうと数秒、彼は思考を巡らせてしまう。
「確かにあの時は見ていたが、どうやって剣で剣をはじくんだ?」
まるで、彼の能力自身がこの世界のシステムに反しているような、そんな結論にたどり着いてしまう。
「失礼なことを聞くけども」
「ん?」
「君は、人間なのか?」
その問いに、彼は思わず苦笑してしまう。
「さぁ、どうなんだか。……父親はどんな【醒装】でも問題なく仕えたし、母親は……攻撃手段を持ってなかった」
「家系からおかしいのか」
エッジは、正直ついていけないといったような顔で、ため息をつく。
が、すぐに心を入れ替えた。
「君の、能力はまだ開眼しきっていないんだな」
「? 開眼していなくても、俺は守りたい人を守れればいいぞ?」
「これ以上の敵が出たら?」
それも、そうだな。
何も言えなくなった須臾は、自分の手のひらを見てぐっと握りこむ。
「……頑張る」
「その心意気を評して、私は君をこれからも監視させていただくとするよ」
よろしく、とエッジの伸ばしたごくごく小さな手を、須臾は指一本で握手するように伸ばした。




