醒装コードNo.057 「修羅場《bloodbath》」
須臾の部屋に、ノックがされる。
「……ん」
目を開け、時計を見ると午前5時。
あまりにも早い来客に、須臾は少々戸惑いながらも起き上がりドアを開ける。
そこにいたのは、ヴァルだった。
目にはくまができており、顔色も悪い。
そう、心配になってか眠れなかったのだ。
「お、おい?」
力尽きようとしたのか、倒れこみかけたヴァル。
彼女を、須臾はそっと支えて顔色をうかがい、何も言わずに部屋の中に運び込んだ。
「……どうした?」
「……ちょっと、不安になっちゃっただけですよ、大丈夫です」
ベッドに寝かせ、布団をかけながら須臾はため息をつく。
そして「休んでて」とヴァルに話しかけると、彼は彼女の右手をそっと握りこんだ。
「何が不安だったんだ?」
「……」
「言いたくないならいいけれど」
と、何か食べさせるものはないか須臾が立ち上がりかける。
離れかけた手を、しかしヴァルは握って離さんとした。
須臾は戸惑ったような顔を見せたが、しかし表情は柔らかくなる。
そして彼女の隣に座ると、空いていた左手で頭をなでる。
「ここにいるから」
「……隣で寝てくれます?」
いった、彼女に何が起こっているのか。
知る由もない須臾は、うなずくと布団の中に潜り込む。
「なんだか、こうすると恋人みたいですね」
「えっ」
「冗談ですよ、にゅふふっ」
実にあざとい。
しかし、須臾は特に気にせず彼女を後ろから抱きしめた。
「はぅ」と顔を赤らめた少女。しかし、決して彼女は抵抗しない。
否、するはずなどないのだ。
「……にゃぁ」
「まったく。かわいいな」
目を細め、須臾は微笑む。
その顔を見ようと、ヴァルは体を動かそうともぞもぞしたが。しかしそれはできなかった。
「……ヴァルは何におびえているのか、俺にはわからないけれども」
「はい……」
「俺関係で悩んでいるのなら問題はないからな」
本当ですか?
そう、ヴァルは彼に問いかけようとして……やめた。
「寝ちゃったんですね、おやすみ、なさい」
須臾を起こさないようにヴァルは体を反転させると、そっと彼に向き合い、目を細めた。
やっと、ここまでこれたのだから。
「神様、お願いします」
私と、須臾さんが、ずっと結ばれたままでいれますように。
今は祈ることしかできなかったが、ヴァルも守られるだけではなく、誰かを守るということを決意した瞬間だった。
「お昼……」
「今日が土曜日でなかったら、大遅刻でしたね」
にゃふふ、とヴァルはあざとい笑いを浮かべながら、須臾に向き直った。
その顔は、須臾にとって誰よりも可憐に見えたことだろう。
「気分はよくなったか?」
「……はい」
ただの寝不足でよかった、と須臾は苦笑する。
彼にとっては、ヴァルがどんな状態だったかはわからなかったが、少しでも元気になったということで安心する要因にはなったのだ。
「あんまり、無理はするなよな」
「……はい」
うなずいたヴァルの顔は、天使のような顔だった。
と、ここでノック。
「おはよー」
ホムラだ。
そして、須臾の返事も聞かずに入ってきたホムラは抱き合っているふたりを見て顔を真っ赤にした。
「んなっ!?」
「いや、俺とヴァル付き合ってるしこのくらいは普通だろう」
須臾は何とも思っていなかったが、ヴァルは恥ずかしさでホムラ同様に顔を赤くしてしまう。
それを隠そうと、余計須臾に顔をうずめてしまうのだから仕方がない。
「……し、失礼しました……」
「えっ何かあったんじゃないのか?」
もじもじととりあえず場を離れようとするホムラだったが、それを須臾は持ち味の妙な天然さで話そうとしない。
ホムラは、昨日のことはいったいなんだったんだろうと、須臾を訝しんだが答えは出なかった。




