醒装コードNo.048 「信用《trust》」
「須臾さん、今から見回りに行ってきますね、アンク先輩と」
「わかった」
醒装委員会会議室。そこで須臾は、見回りに向かおうとするヴァルを見送っていた。
ヴァルの隣にいるのは須臾の数少ない友人であるアンクである。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
二人が出ていくと、会議室にいるのは須臾とホムラ・フラッシュオーバーだけになる。
さて、と呟きながら書類整理の仕事に入った須臾に、近づいたのは勿論ホムラだ。
「いいの? 行かせて」
行かせていいのか、というのは「須臾以外の男と見回りに行かせてもいいのか」という疑問から来るものだろう。
しかし、須臾は首を振り、問題ないと返した。
「俺はアンクに、最大限の信頼を置いている」
アンクは、須臾がキリ以外に初めてこの学園で知り合った人だ。
少々無遠慮、と言っては護衛があるが相手のパーソナルスペースに入り込み、しかもそれを不快に感じさせない人の良さというものを持ち合わせている。
「アンクは信用できる男だ。だからこそ安心して俺はヴァルを預けられる」
「ってことは、ほかの男はダメってこと?」
「ああ、そうだが?」
そもそも、須臾の信用する人というのは極端にすくない。
表面上では醒装委員会のことを信用しているようなそぶりも見せているが、何にせよまだ情報が少ないためそれこそ「表面上」の信頼しか置いていない。
ないとは思うが、ヴァルキャリウスと一緒に二人で行かせたら何か起こるかもしれない。
須臾は心配性だが、しかしそれは過剰なことではない。
何か起こってから行動に起こしては何もかもが遅いのだ。
「アンクは、協力者だからな」
「それは、教育生のあれ?」
須臾は頷いた。
その事実に、ホムラは何も言い返すことができなかった。
「信用に足りる人なんだ、相当」
「ああ」
須臾は、呟くとホムラに書類の束を渡す。
「なにこれ?」
「この中から、俺に持ってこないといけないものと持ってこなくてもいいものを分類してくれないか」
「ん、分かった」
ちょっと多すぎないかなぁ、と呟きながらもホムラは須臾と向かい側に座るようにして分類を始める。
「ねえ、微妙なものはどうすればいい?」
「最後は俺が全部確認するから、議論が必要か必要じゃないかだけでいいぞ」
全部結局やるんだ……とホムラは須臾の生真面目さにあきれてしまった。
あまりにもまじめすぎるのだ、この【冥王】は。
誰もが予想していなかった程度には。
「最近、須臾との関係はどうだい?」
「はい、好調ですよ。……先日、須臾さんの幼馴染に逢いましたけど」
中庭付近。
見回りをしているアンクとヴァルは、そんな話をしながら周りに警戒を配る。
「ほぉ。どんな人だった?」
「お人形さんみたいな方でした。すごく美少女です」
「へぇー」
「あの、須臾さんって」
ヴァルは、言いかけようとして口をつぐむ。
その状態に気づいたアンクだったが、ポンと頭に手を載せるとそのまま撫でてやった。
「どうした?」
「いえ、ちょっと不安になっちゃっただけです」
須臾さんが、リースさんのところにいっちゃったらどうしよう、ってと元気なさげに呟く少女、ヴァルキャリウス。
「そうだなぁ、リースちゃんっていうのがかなり須臾にとって重要な人だっていうのは去年から知ってるけど、どうかなぁ」
須臾のことだし、誰かを見捨てるってことはないんじゃないかなとアンクは言い切る。
「まあ、須臾がヴァルちゃんを見捨てるようなことがあったら一発殴ってやるさ」
「ふみゅ」
「ヴァルちゃんは可愛いし、性格もいいから、大丈夫だとは思うけどね」
しかしなぁ、とアンクはヴァルには聞かれないような声でぼやいた。
「……ヴァルちゃんを心配にさせる程度まで
、須臾は不審な状態だったのか?」
「いえ、あのですね、その」
「ん?」
アンクは、彼女を急かしたりしない。
どんなことであろうとも。
驚いたりはしない。
「あの、須臾さんって、ロリコンなんですか?」
「ぶっ!」
驚いたりしない、はずだった。
しかし、不覚にもその「ロリコン」という単語を吹き出してしまうのは、不可抗力として仕方のないものだろう。
「むぅ」
「いや、さすがに無理です勘弁して」
数十秒の間ひとしきり笑ったあと、はぁと息をついたアンクは首を振った。
顔は相変わらずにやけているが。
「須臾がロリコン? ないない」
「でも、私とリースさんは同じくらいの背丈ですし、ホムラ先輩も……」
そう言われて、アンクは三人の背丈を頭の中で比べてみる。
リースの詳しい情報は分からないが、同じくらいと言っていたのなら同じくらいだ。
そしてホムラ・フラッシュオーバー先輩は、ああ……。
と、察したがアンクは決してそんなことを言わない。
「いや、やっぱり庇護対象になりやすいからじゃないかな。ヴァルちゃんもホムラ・フラッシュオーバー先輩も、多分リースちゃんも可愛いんだろうし」
一応、この場で何とかことを納めないと須臾の立場が危うくなる。
そう判断したアンクであった。




