醒装コードNo.045 「拳装《knuckle Evael》」
本日弐話目。
前の話を読んでいない方は先に前の話を。
「さて、放課後になったな。訓練を始めるぞ」
なんということだろうか。
まさかのイェリザ、出番なしである。
出番も何も、昼休み中の正午に須臾は指定の場所に呼び出された。
そこには、イェリザの姿と……数日前は彼をあざ笑う見世物のように集まっていた観客たち。
しかし今回は彼を【冥王】でありながらこの数日で醒装委員会と己の評価をがん上げしたブラックホースとして期待の目で見ている。
須臾はイェリザに散々怨念の籠った暴言を吐かれたが、すべてスルー。
そして試合が始まるとともに、一閃して。
瞬殺、という言葉が一番似合うような驚きの速さで決闘を終わらせてしまった。
ただ、いつもと違うのは観客が「流石!」と歓声を上げ始めたこと。
須臾は照れくさいながらも、手を振るとその歓声をさらに大きいものとしたのだ。
「それにしても、今日の昼休みは何をやったの?」
須臾と、ヴァルキャリウスの兄であるレリックの試合を見たことのないホムラは、一体何が起こったのかまるで理解できていなかった。
試合が始まったと同時に腐っても【地王】は成すすべもなく吹き飛んで戦意を喪失させたのだ。
あの速度に目がついていったのは、キリくらいのものだろう。
「多分、【篠竹流剣術】を使ったんだと思います」
「すずたけりゅーけんじゅつ?」
ヴァルの的確な判断に、鸚鵡返しするかのごとくその単語を返すホムラ、
そういえば、会長ってとホムラは何かに気づいたようだ。
「ん?」
「会長の両親って、何をやってる方?」
「父親は『セイリック・アリシト聖王国』……つまりこの国の騎士団長をしている。母親は騎士団の中の研究者だ」
その言葉に、ホムラポカーン。
ヴァルも、改めてきいてやっぱり須臾さんはすごい人なんだ、と考えざるを得ない。
「いや、俺の家族事情なんてどうでもいいんだ。今は二人に技術向上を」
そう言って須臾は、軽く準備運動をする。
二人もそれに倣い、そこから訓練は始まった。
帰り道。
3人は、校舎から校門へ向かっていた。
「今日習ったのって、何?」
「【拳装】っていう、俺が醒装委員会の会長に就任して朝にホムラをかばったあれの強化版」
ホムラをかばったのは、無詠唱の【拳装】である。
そのため、充分な展開ができず手袋のような形状になってしまった。
しかしそれでも、須臾は【剣装】を受け止める程度には展開できていたが。
「あれ? でも会長って防御系の醒装能力は使えなかったはずじゃ……」
首をかしげたヴァルとホムラ。
二人同時に、可憐なが花が咲くように無意識のあざとさをにおわせながら首をかしげるこの光景。
須臾でなかったら男の理性は吹き飛んでいたことだろう。
それでもさすがの須臾。理性で耐える耐える。
「正しくは違うな。俺は【楯装】を使『わ』ないだけだ。使おうと思えばこうやって――」
と、須臾は無詠唱で小さな【楯装】を展開。
二人が衝撃の事実に目を見開く中、それの形は徐々に変わっていき最終的に、一本の短剣に代わる。
「――展開式を展開しなおすのではなく、途中のコードを変えることによって戦闘中に戦闘スタイルを変えることもできる」
ちなみに、須臾は何でもないように言っているがこれもかなり、衝撃な案件だ。
戦闘中、学生を含め大人でさえ一度展開した醒装能力は別のものを展開するとき、破棄して霧散させる。
しかし、須臾はその必要がないのだ。
「会長、化け物すぎ……」
「……」
ヴァルは完全に驚愕で沈黙し。
ホムラがわずかに声を出すことができたくらいの衝撃にも、須臾自身は特に気にしたそぶりを見せない。
須臾は、全体的には学生の本分である『勉学』ができないという面で考えれば『劣等生』で。
【楯装】も使えないとされている【異端児】である。
しかも去年1年の荒れようから、【問題児】扱いもされてきた。
しかし、ホムラはもう彼をそう思えなくなってしまったのだ。
彼の正体は、醒装能力だけに視点を合わせたら……。
世界でも有数の実力者、ということにならざるを得ない。
「……ここに居ましたか。篠竹須臾」
と、後ろの方から突然の声。
須臾が振り向くと、そこには妖精のような神秘さを讃える美少女が立っていた。
その姿を確認して顔を引きつらせるホムラ。
須臾は、知り合いかと聞こうとしたところで思い出す。
「ああ、……生徒会執行部副会長か」
「アステリア・レイライトと申します」
くい、とメガネの位置を直しながら、憮然とした顔で彼女は名乗る。
一方須臾は、一瞬で状況を把握できてしまう。
「差し詰め、キリに俺の方が優れているといわれて『劣等生』という昔の考えが抜けない副会長さんは喧嘩を売りに、来たんだろう?」
「なっ」
わかりやすすぎ。
須臾はそういうように首を振ると、彼女をまっすぐ見つめた。
刺すような視線に、アステリア・レイライトは身体を少しだけ震わせる。
が、すぐに冷静を取り戻して彼を一瞥。
「1週間後。……詳しい日程は後ほどお知らせします」
そういったすぐ後にはもう踵を返していたアステリア・レイライト。
その後ろ姿を、須臾は面白そうな顔で見つめていた。
「……いやーあれは完全に。キリに心酔している雌の顔だな……」
……最後のこのセリフ。
須臾結構巨大なブーメランなげてますよねぇ……。




