醒装コードNo.044 「寝起き《just awake》」
おはようございます!
ホムラ・フラッシュオーバーは、いつもよりも暖かく包まれて、朝目を覚ました。
そっと目を開けると、そこには安らかな寝顔を惜しげもなくさらしている男。
そして、自分を包んでくれている腕。
「……須臾、くん」
ホムラは、少年の名前をそっと呼ぶと、起きないことを確認して首を回し時計を確認する。
朝の5時。起きるのには少し早すぎただろうが、気にしない。
と、ここでホムラは須臾のことを無意識に『会長』ではなく『須臾』と名前呼びしていたことに気づいて顔をぽっと赤らめた。
須臾とホムラは付き合っていない。
そのためか。ホムラは人一倍、男という存在に弱い。
特に、今の状況のような非日常には、特に弱いといえる。
「うぅ、どうしよう」
ホムラは、相変わらず力の籠っていないながらもずっと彼女を抑えて離そうとする気配を見せない須臾の腕を見つめた。
ほぼ抱き枕、というのはその通りなのかもしれないが。
須臾はさすがというか、なんというか。
完全にホムラの胸を抱え込んでいるあたり、無意識の中でも男だ。
「会長、起きて」
とんとん、とホムラは須臾の肩をたたいて起こそうとする。
「……おう。おはよう」
と、驚くべきことなのかどうなのか、須臾は一回目で起きた。
そして、ホムラの姿を認識したかと思うと、学校の時の【冥王】と呼ばれていた眼だけで人を殺せそうな悪い人相はどこへやら、ワイルドなイケメン風の顔でそういったではないか。
はぅ、と声を漏らしたホムラは、そのままキュン死しそうになったことを自分の中で認識してしまい。
それとほぼ同時にトマトのような色に頬を染めて、恥ずかしそうに顔を隠す。
「おっと、窮屈だったか? 申し訳ないな」
ホムラは、まるで別人を見るような、キラキラとした顔で彼を見つめた。
確かに、寝起きの須臾は別人並に顔が違うのだが。
「どうした?」
「……ずっと寝起きのとろんとした表情でいいんじゃない? 一生」
「寝起きの顔? はて」
どこかおかしいか? と須臾は気づいていない。
が、ホムラは唖然としたまま動こうとしなかった。
動いたのは、須臾が「シャワーくらいは浴びたほうがいい」と諭してから。
「タオルはそこにあるし、予備の下着くらい持ってるだろう」
「……なんでしってんのよ」
「勘」
実際勘である。
ホムラも訝しげな顔をしているが、とここで須臾の様子がおかしいことに気づいた。
「あれ? 眼はちゃんと醒めてるのよね?」
「ん? 俺に寝ぼけるという状態は存在しないぞ?」
その顔も、今まで見たどんな顔よりもカッコいい。
ホムラは少々舞い上がりそうになりながら、今見ているのが夢かどうか確かめようと自分の手を抓ってみた。
「いたっ」
「何やってるんだ……?」
心配そうな顔で、須臾はホムラに近づく。
しかし、その顔も誰よりもカッコいい。
ちなみに、すべてホムラが須臾に対して無意識に『恋』したころによる恋愛補正である。
恋は盲目、とはよく言ったものでありそもそも須臾は最初から須臾である。
そのギラついて人を殺しそうな眼は、ある程度緩和されてケンカを売っている程度には収まっているが。
それをはるかに凌駕して、ホムラの眼にはかっこよく見えているのだ。
これもすべて、須臾の目以外の部品が整っているからに他ならないのだが。
須臾の両親も、「眼だけ何とかなれば!」と嘆いている程度には悪い。いまもかなり悪いが。
眼さえよければ、彼は「微笑むだけで女を落とす」ようなチートになっていたかもしれない。
もっともたった数週間前は「睨むだけで人を畏怖させる」ことについて反則級の威力は放っていたが。
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「ねえ、キリ、くん」
リースの病室。
そこでは、白いフランス人形のような美少女と、生徒会長の愛漸キリが、いた。
「どうしたの? やっぱり、息苦しいかな?」
「ううん、だい、じょうぶ」
リースは、とぎれとぎれにぽつぽつと話をしている。
それをキリは息苦しいのかと考えていたが、違う。
1年間以上、寝たきりでしゃべっていなかったのだ。
喉を使うこともなかったから、なれていない。
「須臾、くん、は元気?」
「元気だよ。……だって、須臾大好きだもんね、気になる?」
キリの言葉に、リースは頷く。
でも、とリース。
「須臾くん、恰好いい、から、彼女とか、いるの、かな」
その言葉に、キリはしまったと思ってしまう。
ヴァルと付き合って直後にリースが目覚め、今こうリースががんばっているうちにおそらくホムラ・フラッシュオーバーは須臾を慕い始めているだろう。
少なくとも、会長に対する尊敬に対するものではなく、きっとそれは恋慕に今頃変わっているはずだ。
「そう、だよね」
リースは、キリの同様具合からどんな状態なのかわかったようだ。
しかし、キリは首を振る。
彼女に、希望を持たせるために。
「須臾は、心の広い人だから。大丈夫だよ」
「そうだね、しゅゆ……くんは」
キリは、リースのことが好きだ。
だから、好きだから故に、己の気持ちを押しつぶす。
自分よりも、須臾の方がリースのことを幸せにできると思っているから。
「ねえ、来週、学校、行けるんだって。……たのしみ」
「そうだね。寮の部屋、須臾の近くが空いてるか聞いておくね」
キリの心の中では、自分の気持ちをすべて彼女にぶちまけたく思っていることだろう。
しかし、キリは決して自分の気持ちを彼女には見せない。
自分が弱いことは分かっているから。
(……僕は、須臾並の決意はできないから)
命を投げ出しても、誰かのためにやるということを。
須臾は当然のように口にするし、その場合刺し違えても人を救おうと、今さらなる力を求めている。
しかし、キリは。
「……僕は、弱虫だ」
「キリ、くん?」
「……なんでもないよ、大丈夫」
キリは、笑う。
少女の、笑顔を引き出すために。
それが、彼のできる「犠牲」だから。
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