醒装コードNo.039 「申請書《Application form》」
「なんか、妙なことになった感じがする」
「確かに、そうなんだけども……。なんで挑戦を受けちゃうの?」
醒装委員会会議室。ここで今集まっているのは、篠竹須臾、ホムラ・フラッシュオーバー、そしてヴァルキャリウス・アキュムレート。
事情を知らないヴァルは、二人の間に何かやっかいごとでも起こったのかと訝しげな表情を浮かべている。
「ああ、前代の醒装委員会会長だったらしい人に宣戦布告されたんだよ」
「……うー、なんだか須臾さんの周りではよくありがちなものなんですけど……」
何故なんでしょうね、とちら。
ヴァルがホムラの方に顔を向けると、ホムラは慌てた。
そう、たった数週間前はこうやって彼女自身が須臾に挑戦状を突きつけていたのだから。
「いや、あの時は、本当に、ごめんなさい」
「いえ、別に謝ってほしいとかそういう意味じゃないんですけどね」
ヴァルの声は、あくまでも優しげな声だった。
そう、人を許すことができるというやさしさも、彼女の精神的な強さにつながっている。
ヴァルの身体は平均よりも比較的弱い。
【楯装】は鉄壁を誇っているものの、体力的なものは平均的で、筋力は女子の平均以下である。
ただ、彼女には伸びしろがあるのだと、須臾は確信していた。
すくなくとも、たった数か月でここまで動けるようになっているのだから。
「次は、筋力ですかね……?」
「いや、筋力はつけなくてもいいぞ。うん」
筋肉少女になってもらっては適わない、と須臾は必死に彼女を止めた。
ぶぅ、と少々不満げな彼女だったが、ホムラもそこは空気をよんだのか一緒に止めてる。
「あ、そうそう、会長」
「なんだ?」
「私も、これサインをお願いしたいんだけれども……」
彼女の持ち出したプリントに、須臾は何か嫌な予感を思い出してしまった。
それがなんなのか、なんとなくだがわかってしまったのだ。
そう、それは。
「私も、醒装のことたくさん知りたいかな」
それは、ヴァルが須臾にサインさせてここまで来てこれたのと同じ原因である一枚の書類。
『醒装教育申請書』。
下級生が上級生に、醒装の訓練をより早い段階で行わせるため設けられている制度、『醒装師範教育』の申請書である。
「ちょっとまて、いったん情報を整理させてくれホムラ」
「うんいいわよ」
ヴァルは、ついにその時が来たかとため息をついていたあたり、予測はできていたようだ。
しかし、これは「下級生が上級生に」申請するはずの制度である。
それが、逆転的立場でも適応できるのかどうか、という問題もあれば色々な問題点があった。
「まってくれ、これって、3年生でも疲れるのか?」
「担任の先生に聞いたら、いいって言ってたわよ? 【王】なら、教わることもあるだろうって」
絶対、それ【聖王】と勘違いされてるだろと須臾は悟った。
それこそ、キリは何故「教育生」がいないのか疑問に思われるほどなのだから。
おそらく、リースをそこに入れるかどうかだろうなと須臾は予想しているのだが、もちろんキリはそんなことをしない。
自分の責任が増えることを避けたいだけである。
ただでさえアポリュト学園という巨大な看板を背負っているのに、それ以上に面倒なものを責任として押し付けられたらたまらない。
そういう思考から、キリは全て断ってきているのだ。
「本当なのか、それって」
「私がこんな時に、うそを言ってどうするのよ」
それもそうだ、と須臾は思ってしまった。
とほぼ同時に、その思考に至ってしまった自分に少し絶望してしまう。
が、まだ希望は残っていると須臾は考えを改めて質問を続けた。
「逆に、俺は二人以上の教育生を持ってもいいのか?」
「それは聞いてないけど、別にいいんじゃない?」
それが俺の一番気になっている問題なんだが……と須臾は苦い顔をした。
少し考え、いつの間にか自分が、許可されている状態ならそれを受けることに自分でしているのに気づくまでそうそう時間はかからなかった。
「うわぁ」
「そこで膝を折らないでくださいよぉー!」
うーん、どうやったら手っ取り早くその情報が得られるかなとホムラは頭を傾げたあと、「ちょっとまっててね!」と須臾とヴァルの二人を会議室に待機させたままどこかへと駆けていく。
唖然として顔を見合わせるばかりの二人。
ホムラが十数分後、帰ってきたときに彼女の後ろにいたのはリーン・アイザレア女史だった。
「……あ、こんにちは」
「こんにちは、もうこんばんはかもな、篠竹須臾」
リーン女史は、目を須臾、ヴァルとそしてホムラに合わせて、少しだけ顔をほころばせた。
眼も笑っているあたり、本気で顔を緩ませている。
「こちらからも聞いているぞ、醒装委員会の会長が篠竹になってから、篠竹の評判も醒装委員会の評判も世なった、とな」
「……最初は半信半疑でしたが、会長はすごいですね」
そもそも、醒装委員会の会長が須臾の時点でこの学校には大きな影響を与えているのだが、そんなことも須臾は知るはずがない。
彼は、ホムラとの試合の時「自分は劣等生ではない」と叫んだものの、それは戦闘面での意味であり。
結局、筆記試験では相変わらずの底辺であるのだ。
「で、質問とは?」
コホン、と咳払いをし、リーン女史はホムラの方を向く。
ホムラは少々緊張したような、同時に少々不安げな声で。
「あの、一人の師範が複数の教育生を獲得することは可能でしょうか?」
と、リーン女史に訊きとれるか聞き取れないか微妙な、小さな声でぽつりとつぶやく。
ちなみに、感覚器官がほかの人よりも優れている須臾にはばっちりと聞こえている。
「ああ、そういうことか。ホムラ・フラッシュオーバーも、篠竹須臾の教育生になりたいと、そういうことか」
はい、とこれまた小さな声で。
しかも顔を赤らめながら、ホムラは頷く。
その姿を、須臾は「ほぅ」と意地悪そうな顔で、ヴァルは表情を少しも変えず見つめていた。
「……厳密には可能だが、世間体的にどうなのかと聞かれたら微妙なところだな」
「えっ」
いや、そりゃあそうだろう。と須臾は思ったがそこはあえて突っ込まず、リーン女史の話を静かに聞く。
「ほら、篠竹はよくわかっているようだぞ?」
「まあ、常識っていうか、ホムラが盲目になりすぎているっていうか……」
須臾は頭を掻きつつ、ヴァルの頭をそっと撫でつつそういう。
面白がるようなそんな顔はしていたが、正直心境は微妙なのだ。
「まあ、そういうわけだ。質問はこれだけかな?」
「え、あのっ」
「世間体のことは篠竹に聞けばいいだろう。これから私は会議だ」
そういって、教師リーン・アイザレアは去って行った。
残された生徒三人のうち、一番最初に動いたのはやはりというか、ホムラだった。
ぐいっと須臾の方に顔を近づけ、唇を尖らせる。
「ねえ、どういうことなの?」




