醒装コードNo.034 「決着」
ホムラ・フラッシュオーバーは元々、優しい少女だった。
エヴァロンでありながらも、地球好きな両親の手によって育てられ、幼少期から地球で暮らし。
この100年のあいだのエヴァロンと地球人の絆を、確かめてはにこにこと笑っている、そんな少女だった。
いつから、彼女の心は歪みだしたのだろう。
それは、子供によく起こる中途半端な知識からによる中傷。
『異世界人って、魔法で地球人に攻めてきたんだって最初』
『こわーい。仲良くしてたら急に魔法使われて殺されちゃう』
いわれのない中傷。
最初、たとえエヴァロンがそうだったとしても、結果的にはこうなっているというのに。
子供の無邪気な言葉は、たとえ冗談だったとしても。
それは教師には気づかない陰湿な虐めとなり、彼女の心をむしばんだ。
『異世界人なんて、いなくなればいいのに』
(……うるさい)
『お? なんか文句あるか異世界人? これだから異世界人は……』
歪んだ少女には、突破口が一つしか見つけられなかった。
それは、誰よりも強くなること。
(だれよりも強くなれば、誰も私に文句は言わない。もう言わせない……!)
奇しくも、それは誰かを守ろうとする篠竹須臾の思考原理とほぼ一緒だった。
須臾は他人のために強くありたいとし、ホムラは自己防衛の為に強くなろうとする。
これは、そんな二人の戦い。
「なんで!? 当たらない……」
剣装と剣装は弾かれずすり抜け、剣装に対抗するには楯装で防御するほかない。
これがこの世界の常識だった。
しかし、須臾はそもそも剣装で出来ないはずの防御が可能で、しかも今回の使っているのはホムラが知らない、未知の存在である鎌装である。
いくらホムラが攻撃しようとも、すでに予測していたかのような動きで須臾に阻まれ、攻撃は無効になる。
ホムラの顔には、徐々に焦りが見えてきていた。
(このままじゃ、弱いままの、私)
自分を叱咤激励し、弱さを克服しようとするが本当はその理由ではない。
ホムラ・フラッシュオーバーが弱いのではなく、篠竹須臾が強すぎるのだ。
ルール違反はしていない。、今回の試合ルールは「どちらかが戦意喪失した時点で終了とする」「醒装を用い、素手での攻撃はしないこと」。
そう、醒装は何を使ってもいいことになっているのだ。
たとえ、生徒の九割が鎌装というものを知らなくても。
それはルールに則ったものであり、それだからこそ大事な試合でも教師は何もいわない。
「勢いが無くなってきたな」
須臾は冷静に彼女の状態を、分析している。
攻撃がすんでのところですべて阻まれるという精神的な疲労を煽るようなちまちまとしたダメージ。
未知の醒装で襲いかかってくるという恐怖。
それらに付け加え、須臾自身薄々かんじていた【冥王】と呼ばれるきっかけとなった人相の悪さ。
すべての条件が、須臾を完全アウェーな状態でも。
彼を、優位に立たせる。
「なんで、当たらないの……?」
会場はしん、とした空気に包まれていた。
新人戦を見ていなかったものは「なんだあいつ……あんなに強かったのか!?」と彼を恐れ、畏怖した。
新人戦を見ていたものは、「強くなってる……」と確認できたことだろう。
須臾は強いのだ。最初から先天的に強く、それに加えて最強の戦士である父の双次から教わった。
「当たらないにきまってるだろ、そろそろ終わらせていいのか?」
その言葉一つで、ホムラは彼が余裕で固められていることに気づいた。
いや、気づいてしまった。
勝てない、と。
「じゃあ、遠慮なく」
須臾に遠慮なんて無かった。
そのまま、鎌を振り下ろして耳をそぎ落とすかそぎ落とさないか暗いの位置で止める。
「……ひっ」
緊張感も何もないまま。
ホムラは崩れ落ち、試合は終わった。
「また、……自分に、勝てなかった、よぉ……」
試合が終わり、観客がいなくなった試合会場で。
ホムラはまだ、地面に膝をついて泣き言を漏らしていた。
すべてをなくした。
地位も、名誉も、すべて。
一瞬にして、無くなったのだ。
これだけの凶行を繰り返してきた私だ、きっと新生の醒装委員会からも追い出される。
そうすると、自分がもっと弱くなってしまうのではないか、と。
「……もう、ここ閉じるぞ?」
「……こっちにこないで。見ないでよ」
たまらなく自分が惨めだった。
こんな人に喧嘩を売った挙げ句の果てには敗北したのだ。
惨めにならないはずがない。
しかし須臾は、彼女近づいてその顔を自分の方に向けさせる。
抵抗する気も無くなっているホムラは、人形のようになすがままにされた。
「……強情を張らない方が、いいな」
「は?」
「……そっちの方が何倍も魅力的だぞ、ホムラ・フラッシュオーバー」
意味が分からず、きょとんとするホムラ。
それにたいして須臾は何もいわず、鍵だけ渡して去っていく。
「ほかの窓とかは確認した。ここだけ閉めていってくれ」
「えっ」
「じゃあ、頼んだぞ」
ホムラが「おいて行かれた」、と気づいたのは須臾が去ってから、実に2分後のことだった。




