醒装コードNo.032 「会議室」
「なんですってぇ!? 篠竹須臾に私以外全員負けたぁ!?」
ここはアポリュト学園、醒装委員会本部。
教室3個分はあろうかという広い会議室の上座から、甲高い声が
響く。
声を発したのは、醒装委員会副会長のホムラ・フラッシュオーバー。
現在会長不在の醒装委員会では実質トップであり、彼女がこの月末に、正式着任するはずだった。
そう、篠竹須臾が「醒装委員会を全員ぶっ潰してトップに立つ」なんて言わなければ。
「これじゃあ、本当に私が負けたら【冥王】が醒装委員会を仕切っちゃうじゃない!」
「でも、確かに恐ろしく強いんすよ……」
「そのくらいわかってるわよ!」
ホムラは、醒装委員のだれよりも須臾の脅威を肌で感じているのだ。
ヴァルキャリウス・アキュムレートという須臾の教育生を誘拐したときのあの、獲物を睨み殺すような目。
その動きをとらえることも出来なかった、蛇のように伸びた手。
手に直接首を捕まれたのだ。怖くないはずがない。
「勝ちそうだった人は?」
ホムラは一縷の望みをかけて、醒装委員会全員……およそ50人を見渡すも、全員が気まずそうに顔を背けるだけだった。
「どうして!? 相手は劣等生よ!?」
「副会長、みたでしょう、新人戦。【冥王】は確かにデータをみる限り、勉強も【楯装】も扱えないっすけど、戦闘上ではもう敵無しっすよ」
「ぐぬぬ、確かに篠竹双次の息子だとは聞いてるけど……」
心底悔しそうな声。それは意図せずとも、少女の口から放たれた。
同時に、地をはうように彼女へ迫るのは、恐怖だ。
決戦は明日である。そこで敗北したら、すべてが決まってしまうのだ。
いや、醒装委員たちの話を聞いていると、すでに決まっているのかもしれない。
「……【剣装】を防げる【剣装】? 人外じみた速度? 私はどうすればこの地位を守れる? 醒装委員会の威厳を守れる……?」
「また、人質をとればいいんじゃないです?」
「そんなことしたら殺される可能性だって……!」
ホムラは必死だった。
【劣等生】に醒装委員会に乗っ取られたというだけでも屈辱なのによりによって相手は【冥王】である。
しかも生徒会長……【聖王】愛漸キリの許可済み。
彼らの仲がいいことは知っていたが、まさかこんな事まで許可するとは思えなかった。
「それにしても、生徒会長は彼を贔屓しすぎだと思うわ」
「贔屓も何も、実力は充分ですし……」
「ん、呼んだ?」
はっとして彼女たちが振り向く。
と、醒装委員会会議室の入り口に、キリが立っているではないか。
あふれんばかりの爽やかさを、その緑色の髪の毛に込めて。
しかし、その目は決して笑っていない。
「あんた、いつからそこに!?」
「いつからだろう。結構最初の方からいたよ?」
気づかなかったのも仕方がない。キリは、篠竹双次から教わった「気配を消す」技を使っていたのだ。
おそらく常人なら、視認しない限り目の前をすれ違えるだろう。
「なんっ」
「君たちはね、ちょっと難しく考え過ぎなんだよ」
キリは、その口をゆがめて不気味な笑いを見せながら、ホムラ・フラッシュオーバーに近づいていく。
「須臾に任せた方が、本当に楽だと思うんだけどなぁ」
「なんで?」
「だって、篠竹双次の息子で【冥王】だよ? 喧嘩なんてしようものなら確実に止められる。……前会長がいなくなってから、教師の救援は何回頼んだ?」
事実を突きつけられ、ホムラは何もいえなくなってしまった。
確かに、前会長がいなくなって一ヶ月、起こった事件は20回を超え、その半分が自分たちの手に負えない。
「須臾が何人分の戦力を持っていると思う?」
「何がいいたいのよ」
「須臾一人で、ホムラさん以外を一度に相手しても勝てるね」
その言葉に、ほかの醒装委員が文句を言わないはずはない。
しかし、数人はあっさりとそれを認めてしまう。
わかっているのだ、あきらかな実力差で負け、それが本当に天と地ほどの差を持っていると。
「まあ、お楽しみは明日だね。全校生徒、全教師が観客として証人として見つめている中で勝つか、負けるか」
キリは、次こそ本当の笑顔を見せた。
「彼に火をつけたのは紛れもなく、ホムラ・フラッシュオーバーさん、君だよ?」
「なんですって……?」
「君が彼の【守りたいもの】に手をかけた。この学園、アポリュト学園に入ってから【守りたいもの】が明確になく、自分の保身のため最低限の能力しか使っていなかった彼を、覚醒させた」
キリはざわざわと騒ぐ会議室を、パチンと指ぱっちんして静かにさせる。
「【聖王】の僕としては、コレは君たちに感謝すべきかな?」
それだけ。
言いたいことを言うと、愛漸キリは部屋を出ていく。
と、その前に、一回だけ振り向いて。
「あ、まだ須臾は本気じゃないから、あまり刺激しないで上げてね? 今でもう僕は勝てるかどうか怪しいのに、これ以上彼を強くしたら生徒会が全滅しちゃう」
次こそ、キリは会議室から出ていく。
取り残された人たちは、その言葉にただ、身を震わせるばかりだった。




