醒装コードNo.030 「リース」
お久しぶりです。
「リース!」
とある病院のとある病室。そこに走ってきたのは、他でもない須臾だった。
ドアを乱暴にあけた、彼の後ろから看護婦数人が慌てて入ってくる。
「ちょっと! 病院内で走っては困り……ひぃ!」
そして須臾の殺人鬼を思わせる視線に、おびえる。
ここまではいつもの光景だが、須臾は病室のドアを閉めるとゆっくりとベッドから起きあがっている少女を見て、涙を流しそうになる。
目の前に、須臾が目覚めを待って1年たった少女が、目を細めて微笑んでいたのだから。
「……しゅゆ、くんかな?」
「ああ……」
須臾はそっと彼女に近づくと、相手を姫と認めるように手を取った。
彼の頭から、先程数時間前まで別の女子と抱き合っていたという記憶はすべて吹き飛び、リースという名の少女だけが頭の中を充満させる。
それほど、須臾にとってリースという少女は大きな存在だったのだ。
「ごめん、ね、おきた、ばっかりだから、まだ、はっきりとわからない……」
息が苦しいのか、少しずつ言葉をはきながら、浅い呼吸を繰り返すリース。
その姿は、須臾が今までみた中で一番はかなげな存在だった。
本当は、手を取ることですらその花が散ってしまいそうになるほど、彼女の状態というのは不安定だったのであろう。
須臾は、目の前の少女が雪で形作られた花のようにも思えてしまい、胸がズキリと痛む。
「だいじょう、ぶ。しゅゆくんは、わるく、ないよ……?」
何度、自分のせいだと須臾は自分を責めただろう。
その結果、何回世界を拒絶しようと思っただろうか。
しかし、姫は目覚め。
彼女を守る騎士は、再び覚醒しようとしている。
リースは、須臾の行動から漏れ出る懺悔をくみ取ってくれたかのように、ゆっくりとしか動かすことの出来ない手を、彼の首に巻き付けるようにしておいた。
「退院、したら。……ちゃんと、しゅゆくんと同じ、学校に、かよう、から」
「……」
須臾は、声を出そうとしたが。
胸からこみ上げる「何か」に阻まれて、声を出すことが出来なかった。
ないてる? と訊かれたが、答えることが出来ない。
緊張の糸が切れたら、自分はどうなってしまうのだろう。
そんなことを考えつつ。須臾は、リースを抱きしめる。
そして、リースは。
彼を、ゆっくりと抱きしめ返したのだった。
「愛漸キリ先輩と須臾先輩の幼なじみさんが、目覚めたんですね」
「そうらしいねぇー」
リースの目覚めから1日。
学園を休んでいる須臾のことを、彼の後輩であり教育生であるヴァルキャリウス・アキュムレートと彼の友人であるアンクは、ため息を吐きながら昼食の席でうわさしていた。
「そういえば、アンク先輩も最近は欠席なさってましたよね?」
「……んあ。ちょっと用事がね」
そうヴァルに言ったアンクは、どこか歯切れが悪い。
ヴァルはそんな彼を怪しいと疑いながら、しかし何も言及しなかった。
「それにしても、須臾がやすみ、かぁ」
「去年、皆勤だったんでしたっけ?」
「そうだねぇー。須臾、顔が顔だけに不良って見られがちだけど、真面目だからねぇー」
間延びした声を発しながら、アンクはフルーツジュースをストローで吸う。
そして一息をつくと、ところで、と話をきりだした。
「ヴァルちゃん、須臾とつきあうことになったんだっけ? おめでとう」
しかし、ヴァルは少しも嬉しそうな顔をしなかった。
須臾の気持ちは信じているはずだし、その証拠は昨日手に入れかけたのだ。
もし、あのままキリから電話がかかっていなかったら、と思うとどうしてもため息をはいてしまう。
「このまま、幼なじみさんにとられちゃいそうです」
「まあ、それはヴァルちゃんの努力次第だし。俺は……あー、リースさんを見たことがないからわからないけど」
「でも、あのときの須臾先輩、顔が本気でした」
ヴァルは、須臾に対する不安と不満を隠そうともしていなかった。
こんな状態の彼女をみたら、須臾はきっとうろたえてしまうだろう。
しかし、とうの本人はいないのだ。
「うえぇ、何やってるのさ。二人とも陰気くさい顔して」
「キリさん……」
と、そこを通りがかったのは生徒会長である愛漸キリ。
彼はすぐに、二人の状態を理解したのか難しい顔をすると、「よっと」とアンクの隣の席に荷物をおいてどこかに行ってしまう。
頭の上に「?」の文字を浮かべるかのような様子でキリを目で追う二人。
数分して戻ってきたキリの手には、二つのコップがあった。
「これを飲むといい。元気が出るから」
「ん? こんな飲み物、見たことがないです」
「うん、一日限定5杯しかないし」
公には、とキリが笑い。
二人は、彼が生徒会長の権限を使ったのを悟った。
「うにゅ。いただきます」
「いただきまーす」
おいしい、と一口飲んだヴァルは直感でそう思った。
炭酸入りのエナジードリンクに、数種類のジュースを混ぜたような、それでいて後味も悪くない。
悩みがすべて吹き飛んだような、そんな感覚がしてヴァルは顔を輝かせる。
向かい側を見ると、同じく目を輝かせているアンクと二人をほほえましい、と微笑むキリの姿があった。
「どう? おいしいでしょ?」
「はいっ」
「元気出た?」
キリの質問に、ヴァルはうなずいた。
それはよかった、と彼は呟くとヴァルの方に耳を寄せる。
「そうそう、リースは退院したらこの学園に来るから」
「えっ」
「うん、たぶん一年間昏睡状態だったから、ヴァルちゃんと同じ学園になると思うよ」
「えっ」
顔を青くしたヴァルに、キリは大丈夫と笑った。
「須臾が、一度守ると決めた女の子を裏切ることはないよ。命にかけても守るんじゃないかな」
「でも……」
「ヴァルちゃんは、須臾がヴァルちゃんだけを見ていればいいと思う人? それとも、許容できる人?」
キリの言葉に、ヴァルは数分頭を悩ませる。
そして、顔を上げてまっすぐキリを見つめた。
「私は、須臾先輩が、どんな形であろうとも。私のそばで居てくれれば、それでかまいません」
「本当に、酷なことをするよね。須臾って」
ここは誰もいない廊下。
二人と別れたキリは、ふぅと息を吐いて呟く。
「一番好きな人二人に、ハーレムは許容できるか訊いてくれってさ。……あわよくばホムラさんも手に入れるつもりなんだろうね。あの色男は」




