醒装コードNo.003 「少年は、少女と出会う」
とりあえず明日の夕方まで連絡が取れないのでここで投稿を
よろしくお願いします
「我々、エヴァロンと地球人が交流を始めて、すでに百年余りが経過しました」
物音一つしない講堂の中で、一人の女性が話を始めている。
女性の隣には小さな、紋章を飾るような楯が7つ、設置されており新入生の中には女性の話よりも楯の正体が気になる人のほうが多いようにも思えた。
しかし女性は話を中断することなく、話し続ける。
「この学園の存在意義は、あなたたち醒装使いの卵を、正しき道に導くことです。不安のある人も多いでしょうが、ご安心ください。我々教師一同、そして在校生一同が、ともに歩んでいきます」
そのたった一言で、全生徒の注目が女性のほうに向いた。
というよりも、その言葉に惹きつけられた。
「以上、歓迎の言葉とします。御静聴、誠にありがとうございました」
そして、講堂の壇上には誰もいなくなった。
「ヒュ~。やっぱり、リーン女史の迫力は並じゃないねえ」
毎年のように、教師代表のあいさつは学園長でも教頭でもなく、リーン女史が行っている。
それを知ってか、在校生の姿もちらほらと見かけるが、誰もその理由は知らない。
もちろん、須臾も知っているはずはなく、去年新入生と同じ場所で感じた、自分の決意に火を灯らせるそのあいさつに、言葉を失っていた。
「……まだ終わっていないだろ。口笛吹くな、周りの迷惑になるとともに俺の迷惑だ」
須臾は我に返ってから、アンクに注意する。
アンクはちぇ、と子供のように拗ねながら周りを見回しため息をついた。
知っているのだ、そばにあった面倒事はすべてアンクではなく、須臾のほうに行ってしまうことを。
教師の注意も、ほとんどの場合は須臾が関係者の場合、すべて須臾の責任となってしまう。
そう、リーン女史以外は、誰も篠竹須臾という男子生徒を信用どころか話すら聞こうとしないのだ。
「……ごめんよ。……忘れてた」
「いい、気にするな」
謝るアンクに対し、須臾は片目を吊り上げて返事をするだけに留まる。
むしろ、今回のことは自分の事情が重なってできたことだし、特に関係はなかったのだ。
それこそ、怒鳴るようなことではなかった、静かに言えただけでも上出来だ、と須臾は自分に言い訳をするようにして判断をする。
「それにしても、なんなんだろうな。あの盾」
「醒装とその属性についての説明に使うんじゃないのか?」
「でも、去年は紙コップだったような気がするぞ。あんなに大きなものか?」
そう、この二人も巨大な盾に関心を寄せていたのである。
須臾は去年の入学式を思い返した。
こんなに大きなものではなく、辛うじて最後部席で見えるほどの紙コップで簡単に説明をしていたはずなのだが。
今年は何か事情があるのだろうか、と判断して須臾は自分の脳内を回転させた。
「ところで、気になった女の子ってどれだよ?」
「女とは言ってない」
「まさか男か!?」
「…そんな考えしか持てないのか、アンクよ」
須臾は頭を抱えた。
と、講堂内の照明が少し暗くなり、新入生が一斉に不安からかざわめき出す。
しかし、一人の男子生徒が壇上に立ったことにより、その騒ぎも次第に静かになっていった。
男の髪の毛は緑。色は深く、同時に荘厳さを感じさせる。
容姿は端正、女子生徒が目を合わせたらすぐに目をそらしてしまいそうになるほどに。
もちろん、須臾とは真逆の意味で、である。
「……生徒会長の……愛漸キリだっけか?」
「間違いない。成績トップ、容姿端麗、性格もよいという三拍子そろった化け物だ」
そうつぶやく須臾。アンクは須臾のほうが化け物だ、と言いそうになるのを必死にこらえた。
彼の目には、紛れもない闘争心を燃やした顔。
獲物を狩る前の、大空のハンターのような顔をしていたからだった。
思い浮かべるのは、猛禽類。しかしその顔には、ほかの感情も混ざっているような気がした。
生徒会長の愛漸キリは、新入生に対して一例をすると顔にわずかな笑みを零しながら声を発し始める。
「新入生の皆様、【アポリュト醒装学園】へようこそ。私からは、【醒装】という能力、【醒装魔術】について。そして【属性】という概念について基本的な説明を、手短にさせていただきます。まず……、【属性】について」
と、盾が7色に光りだした。
目を覆ってしまうほど眩しいというわけではないが、ほんのりというわけでもない。
「『エヴァ・アリュス』と地球の邂逅で地球にも【属性】という概念が存在するのはご存じだろうか」
と、一つの盾が燃え上がる。対照的に、一つの盾が凍り付いた。
盾は燃えても朽ちることなく、その場で炎上し続けている。
「温度を上げ、すべてを燃やし尽くす【炎】。温度を下げ、すべての動きを停止させる【氷】」
パチン、と愛漸キリは指を鳴らす。
次は3つの盾それぞれに電気が帯電し。
竜巻を起こし。
そして最後は真っ二つに割れた。
「電気を発生させ、麻痺させる【雷】。流動させ、吹き飛ばす【風】。大地をも揺るがし、引き裂く【地】」
そして最後に。
一つの盾が光に溢れ閃光を迸らせ、一つの盾が影を纏って黒いオーラを発散する。
「放出の力、【光】。そして吸収の力、【闇】。以上が、この世界に存在しうる7つの属性です」
須臾は、その話を聞きながら微妙な顔をしていた。
説明はだいたいあっている。
しかし、所々本質が抜けている。
隣をみると、アンクも同じような反応だった。
須臾は、今度愛漸キリに話を聞いてみようと本気で思ってしまった。
「さて、【属性】の説明はここで終了させて、次に【醒装】について説明をしましょう」
そういうなり、愛漸キリは大きな声で詠唱を始めた。
「性能:剣装。属性:【光】。醒装名:『光剣』」
流れるような詠唱とともに、彼の周りに金色の粒子が渦を巻く。
彼が突き上げた手に、光の粒子で彩られたような剣が生成された。
新入生たちが尊敬からか、拍手をする。
その音を聞いて、須臾たちはさらに顔をゆがませた。
「……うーん」
「どうした? 嫉妬か?」
からかうように笑ったアンクに対し、須臾は刺すような視線を向ける。
しかし彼には効果がない。
アンクはため息を吐いて須臾を見やった。
壇上では、愛漸キリが説明を再開させていた。
「今、唱えた呪文を【醒装式】、エヴァイル・コードと呼びます。そこに攻撃を表す【剣装】か、防御を表す【楯装】を指定し、次に属性を指定します。最後に醒装自体の名前を唱えると、醒威をエネルギーとして発現される、というわけです。」
醒威とは、醒装を扱うためのエネルギー源である。
大昔に地球人がファンタジー小説などで考えられていた、魔法を操るための動力源。
空気中に漂っているとされるそれを、エヴァロンと地球人は吸い込むことで身体の中に溜め込み、醒装能力の使用を可能にするとされる。
勿論、醒威を身体に溜め込める量も醒装能力として醒威を変換できる質も個人差があるため、そこをランク分けしたのがこの学園である。
この学園を成績トップで卒業してしまえば、将来の勝ち組とも言われている中。
各学年に生徒は六十人ずつ合計中等部三学年、高等部三学年の三百六十人という少数精鋭の世界。
須臾は、一応はその激戦を勝ち抜いてきているのだ。
今がたとえ、生徒のみならず教師にも馬鹿にされ軽蔑される劣等生だったとしても。
「そして、醒装能力を使わずに醒威を消費する方法がもう一つあります。それが醒装魔術です。醒装魔法は醒装能力とは別の式を唱えることにより、発動しますが……それはだれにでも使用可能なものではありません。一年生の間は、それを発動させられるか判断する授業となります。」
「つまり、そこでエリートか落ちこぼれか判断されるってことだよな。」
須臾はアンクの言葉を聞いて、いやいやと首を振った。
通常的に、学問・運動・醒装のみっつすべてが均等にランクB以上に格付けされると、『優等生』と呼ばれ、どれかにEがある場合『劣等生』と呼ばれる。
「醒装能力が不得手で、醒装魔術が得意な生徒もいるし。逆に醒装能力しか使えない人もいる。」
「……自虐?」
「ああ」
須臾は頷いた。
彼は、ある事情を抱えているため醒装分野であっても決して優等生ではないのだ。
アンクは優等生の分類に値する。
醒装能力はもちろんのこと勉強面でもそれとなく才能を発揮する彼は、次期生徒会長とも噂されている。
故に、いつも須臾と一緒にいることを生徒たちのみならず教師方にも疑問視されていたのだった。
たまに嫌味ともいえる言葉をかけられるときもあるが。
当の本人はどこ吹く風状態であった。
「……どうした?」
アンクが、いきなりあたりを気にし始めた須臾に怪訝な顔を見せた。
須臾はアンクに気づいていないのか、それとも無視を決め込んでいるのか、何も言わない。
いらいらし始めたアンク。
決して気は長いほうではない。
「どうしたんだよ?」
「……いや、見間違いのようだな。心配をかけてすまない」
須臾はそれだけ呟くと、終わりかけた入学式を後にした。
慌ててついていくアンクだが、須臾は決して振り向かなかった。
「本当に大丈夫かよ、須臾。何か見たのか?」
「いや、殺気を。向けられた先が俺じゃなく、愛漸だったことも気がかりだったな」
中庭に出た須臾は、顔をしかめながらアンクの質問に答える。
答えたことにより、アンクの怒りも収まっていく。
愛漸キリは、ほぼ誰にも好かれる存在でその地位や才能を鼻にかけない。
そして全生徒を対等に扱う。優等生劣等生関係なく。
アニメか何かから出てきたキャラクターである。顔もイケメンであれば、性格もイケメンなのだ。
「須臾も飛ばしてるじゃん」
「俺が飛ばしているのは殺気じゃない。戦闘意欲だ」
「殺気と大して変わらんよ」
ため息をついてアンクは、講堂からぞろぞろを出てきた新入生を見つめた。
緊張した面持ちで自分たちの教室に向かう新入生は、須臾を一目見て一目散に逃げて行った。
須臾は特に気にせず、そのまま自分の教室に向かおうとする……が。
自分を見つめたまま、どこにも行こうとしない数人を見やって苦笑した。
決して恐怖で動けなかったわけではなく、何かを見透かすようにしているのが、須臾の目に入ったのだ。
「怖くないのか?」
「ええ、まったく」
その中の一人が答える。
銀色の長い髪の毛に、灰色の目。もはや人間とは思えない美貌を持つ少女から、須臾は相手がエヴァロンであることを予測した。
隣を見れば、アンクも憎たらしくなるほどの美少年。
むしろ、彼女を中心とした数人は全員がエヴァロンであり、今だけで考えれば地球人は須臾だけである。
これが異世界人と地球人の決定的な差か、と須臾は納得して笑みをこぼした。
「早く教室に向ったほうがいい」
「ありがとうございます。……貴方には、才能がありそうですね」
「才能? ただの劣等生だが?」
須臾はそのまま聞き返した。勉学面が最低ランクの須臾は、それを隠すこともなく新入生に伝える。
しかし、新入生たちはそう思わなかったようだ。
「私たちエヴァロンには、貴方を取り巻く醒威が目に見えなくとも感じることができるんですよ」
少女の説明に、須臾はアンクを振り返った。
アンクは手を合わせ、詫びの気持ちを須臾を伝える。
「だから君たちは俺を怖がらなかったと?」
「私たちはそうなんでしょうけど、やはり才能を感じ取っても顔が…という人も居ますでしょう? すみません、お名前を教えて頂けますか?」
「ああ、篠竹しゅ――」
しかし、そこへ学園の教師が現れる。
スーツにメガネ、黒くて整えられた髪の毛に同じような色の目。
いかにも堅いエリートのようなイメージを周囲に撒き散らしている彼の名前は、丹床志雄。
須臾を警戒している一人である。
「またお前か、篠竹。次は新入生に何をしようとしていた?」
その声に須臾は頭を抱えそうになった。
普通に話をしていて一般的な考え方ができないのか、すべて俺のせいにすれば何とかなると思っているのかと。
いらだちはあるが、反抗したらどのような結果になるか須臾は分かっていたため、何も言わなかった。
「違うんです先生、私たちが話しかけたので問題はないです」
「いや違わないぞ新入生たち。この男は信用できる人なんかじゃない。今かかわると後でどんな目に合うかわかったもんじゃない。お前もだ、アンクラリクスエス・クレセントムーン」
新入生の言葉すら否定する。
完全否定である。
須臾は一年間その状態で慣れきっていたが、新入生たちは違ったようだ。
「お言葉ですが、先生」
「なんだ?」
「先生は、彼が何をしたか説明していただけませんか?」
その言葉に、戸惑ったのは教師丹床のほうであった。さすがに言い返されるとは思っていなかったのか、一瞬目を見開く。
須臾は制止するように少女に声をかけようとするが少女は手を振って、それを拒否する。
心配はない、ということらしい。
「き、君たちに知る必要はないことだ」
「でも、彼が何をしたのか、私たちが知らないと警戒するにも疑問が浮かんできてしまいます」
嗚呼、何故こうも教師の反感を買うようなことを言うのか。
須臾のため息も程々に、ついに丹床は。
「お前いい加減にしろ!」
大人げなく怒鳴った。
そういって少女の腕をつかもうとする丹床に、動いたのは須臾。
反射的に丹床の手首に手刀を振り下ろす。
手刀とは思えない鈍い音がして、丹床は悲鳴を上げた。
そして少女の手を取り、走り出す準備をしながらアンクに向かって叫ぶ。
「後は任せた。……残りの新入生も頼む!」
「へーい」
アンクの返事はけだるそうなものではあったが、須臾は笑みを零すとそのまま走りだす。
向かうは、学園内でありながらも広大な森。
妖精が住むと噂された、神秘の森である。
御読了感謝です。ありがとうございました。