醒装コードNo.027 「守護」
よろしくおねがいします
「ヴァル、二人でどこかに出かけよう」
須臾の言葉に、ヴァルキャリウス・アキュムレートの目は見開かれた。
今は昼休み。いつも通りヴァルは須臾と昼食を食べていた。
ちなみに、今日も食事代は須臾持ちである。
毎日ヴァルは自分で出すと言っているのだが、須臾は聞こうともしなかった。
「えっと、この周りでいいのですか? いつ? どこに?」
「今日。思い立ったが吉日。場所はこの辺でいいだろう」
「あ、はい。わかりました」
ヴァルは二つ返事で肯定すると、手を合わせて御馳走様と目を閉じながらにこやかな顔で言った。
その顔に、須臾も自然と表情を柔らかくする。
「うーっ」
「どうしたヴァル、ほしいのか?」
エビフライをじーっと見つめるヴァル。それに気づいて彼女に訊く須臾。エビは地球の食べ物であり、ここ異世界【エヴァ・アリュス】では比較的高価だ。
ヴァルがそれを物欲しそうに見つめるのも当たり前であり、安く手に入れられるのはここアポリュト学園くらいしかない。
須臾は、よだれを垂らしそうな勢いでじぃっとエビフライを見つめるヴァルに軽く吹き出し、箸でつまんでそれをつき出した。
餌付けをされるように、それを受け取るヴァルと餌付けをする須臾の姿は、傍から見ると完全に仲の良すぎる恋人である。
「はむはむっ」
本当に幸せそうに、それを頬張るヴァル。その姿はさながら小動物といったところだろうか。
須臾はその状況を面白く思いながらも、彼女を見つめて楽しむのをやめなかった。
そして放課後、彼女は校門前で待っていた。
長い髪に長い睫、その美貌に振り返らない男というのはいないだろう。
しかし、彼女は二つの人物に守られていた。
学園内最強、いや最凶とよばれている人物、【冥王】の篠竹須臾と生徒会長で須臾と並び世界最強と噂される愛漸キリ。
そのため、普通の男子生徒は近づこうとしない。
近づこうとするのは、何もわかっていない馬鹿か。それとも本当に二人も怖くない猛者か。
「ヴァル」
「あ」
後ろからかけられる声。ヴァルはそれを須臾だと思い、笑顔で振り返ったがその男の顔を視認した瞬間顔をひきつらせた。
目の前にいたのは須臾ではなかったのだ、そこにいたのはsっ湯とは似てもつかない男。
顔は白いメッシュの入った黒髪、憎たらしそうな細めた目に、卑屈に歪んだ口角。
「あ、君がヴァルちゃんなのかー。新人戦優勝の!」
……カマをかけられた、とヴァルは悟った。そして、目の前の男のことを何か知っているか、必死に記憶をたどろうとする。
しかし、記憶のどこを探そうとも彼の顔は見当たらなかった。
「やっぱり綺麗だねぇ、うん。ねぇ、モデルにスカウトしたいんだけど、どうかな?」
「丁重にお断りさせていただきます」
「ねえ、そんなことを言わずに、さ!」
強引に腕をつかまれ、そのまま引っ張られる。
ヴァルの細い腕ではそれにあらがえず、半ば強引にその男の胸に抱かれてしまった。
男の口角はさらに吊り上がり、そのままの体勢でヴァルをどこかに連れて行こうとする。
が、後ろにいた人物にぶつかり。
顔色を一気に悪くした。
「……め、めいおう?」
「何をしているのか、じっくり説明してもらおうか」
そう、そこにいたのは須臾である。
口調は実に静かなものではあるが、その顔を見なくとも誰もが、彼の周りを渦巻く憤怒の炎には気づくであろう。
男は、弾かれた様にヴァルを手放した。
突然のことに反応できず、倒れそうになるヴァルを須臾は手を伸ばして引き寄せると、その隙をついて逃げようとした男の首を左手でつかんだ。
息を詰まらせ、ぐぎぎ、と機械仕掛けになったがごとく必死に首を後ろに回す男。
その目の前には、勢いよく振り回された須臾の拳があった。
「はぁ、すっきりした。ヴァル、何かされてないか?」
須臾は、血に濡れた手をヴァルに手渡されたハンカチで拭いながら、自分の身体を抱きしめるように手をまわしつつ、俯いているヴァルに話しかける。
ヴァルに蛮行を働いていた男は、須臾の手によって地面に鎮められていた。須臾は今回のことで、さらに自分の悪名が広がってしまったと感じつつ、それを特に気にせずにヴァルの様子を確かめる。
「いえ、特に何もされていないです。でも……」
自分の望まぬところで、知らない男性に抱きしめられた……と目に見えて須臾が感じるくらいに落ち込むヴァル。
その姿を見ながら、須臾は何かを決めたように彼女を抱きしめた。
突然のことに。ヴァルは頭の中が真っ白になってしまう。
頭の中はパニックをおこし、ついには頭から煙が上がりそうになるほどまで顔を真っ赤に染めた。
「俺が、約束の時間に間に合わなかったばかりに、ヴァルを傷つけてしまって本当にすまなかった」
「い、いえ。私は大丈夫ですよ。大丈夫ですから、そこまで気になさらないでください!」
ヴァルは、血だらけで地面に這いつくばっている男に、少しの同情すら覚えてしまった。
須臾が何回、彼のことを渾身の力で殴ったのか。それが分からないほどまでに、男の顔は変形していたのだ。
冥王の敵に慈悲はない、そんなことを平気で言いそうな須臾の態度に、ヴァルは……。
それどころではなく、今どの状態にいるのかを再確認して彼女は再びパニックに陥った。
「……ヴァルは本当に、いい娘だな」
「にゃっ!?」
気も落ち着き、自分の身体が今一番安全な場所にあると理解できたヴァルは、周りの視線などどうでもよくなった。
そっと、彼の腰にその細い腕を回す。
次回、甘くなるかな…くらいですね




