醒装コードNo.002 「落ちこぼれの剣装使い」
とりあえず、物語が始まります。
最後まで読んでいただければ光栄です。
須臾は、目の前に広がる光景に、目眩を覚えた。
握られているのは一枚の白い紙。
それは、優等生にとっては自分の立場を分からせてくれるただの紙だが。
劣等生にとっては、地獄の縁に誘ってくれる招待状----。
「は、ははは」
そう、成績である。
成績表に並んだ、最低判定…判定Eの数々に須臾は笑いしか出てこなかった。
語学、数学、歴史、醒装学の5つの座学科目に。
体術、運動能力、剣装生成、剣装取扱、楯装生成、楯装取扱の6つの実技科目。
その中で、篠竹須臾の成績は。
「……篠竹、どうなっているんだ?」
「ただの努力不足です、すんません」
「座学の5科目すべてがEかDで、よく進級できたな」
「そっちですか!?」
異世界側。セイリック・アリシト聖王国、アポリュト醒装学園。職員室。
ここは、醒装使いの資質を持つ、少年少女千二百人が集められた地球・異世界合同の教育機関である。
須臾の目の前には、短く赤い髪の毛を切りそろえた女性が椅子に深く腰掛けている。
「醒装関係は悪くないんだがな。……勉強しろ、勉強」
「……う」
言葉に詰まった須臾に、ため息をこぼすのは彼の担任であるリーン・アイザレア。
リーン女史は息を吸うと、落ち込んでいる須臾に問いかけた。
「篠竹、お前の夢は何だ?」
「醒装使いの騎士団に入って、醒装騎士になることです。……父のように」
文字通りの即答にも、リーン女史は馬鹿にせずうなずく。
須臾の父は騎士団の団長だ。そして彼女もその実績は知っている。
だからこそ、須臾の夢を理解していた。
「なら、醒装の扱いだけではなく、座学もきちんと勉強するんだ。騎士は様々な分野での教養が必要になる。ただ武器を振り回すだけなら兵士だ。教養を身につけて、礼を正してこそ騎士として認められる」
その言葉に、須臾は感激したように顔を上げた。
黒い目を輝かせ、大きく頷く。
しかし、その目つきは悪い。
そんな様子を見て、リーン女史も眼を細めて頷いた。
目つきの悪さは完全に無視して、である。
「絶対に気張れよ。」
それをリーン女史が言い終わらないうちに、須臾は職員室を退出していた。
少年の顔は、今日も明るい。
明るいが、とにかく目が怖い。
「……まったく。」
「ああいう若造には、一言ガツンと言ってやらないと言うことを聞きませんよ、アイザレア先生。」
後ろからそんな声が聞こえたが、当の本人は気がついていない。
そのまま、彼女も職員室を出ていった。
「あ、最下位の馬鹿だ。劣等生」
「誰が最下位だ」
須臾は、容赦なく浴びせられる言葉に顔をしかめたが、激高することはなかった。
クラスメイトから発せられるその言葉が、紛れもない事実だということは自覚していたからだ。
「はい? 最下位は一人しかいないんだけど?」
その言葉に、須臾は目をちらりと上に向ける。
と、同時に何人かが悲鳴を上げてクラスから飛び出していく。
そんな生活。そしてすべての元凶は彼の目といっても過言ではなかった。
傍目からみてしまえば、こちらを見つめるのは鷹よりも鋭い悪魔のような目。
瞳の色は黒。
「……その目で見つめないでよ」
さっきまで皮肉と暴言の嵐の原因だった女子生徒が泣きそうな顔で呟くのを須臾は感じてため息をつく。
彼女の髪の毛は黒く、ショートカットだ。
周りの目は冷たい。自分が何もしていなくとも、自分のせいにされるのは目に見えてわかっていることだった。
「いや、睨んでいるつもりはないんだけど」
「……うわ、あいつまた女の子泣かせてるよ……」
そんな言葉を耳にして、須臾は黙り込む。
全部は自分の一年時の結果である。
前年、勉強ができなかった須臾は醒装面でもそうなんだろうと錯覚をされ、よく上級生や同級生に絡まれていた。
しかし、その挑戦をすべて打ち砕き、ついには学園最強の称号をつけられてしまったのである。
同時に、目つきが原因で不名誉な陰口、通称『冥王』が相次いでしまったのだが。
物騒極まりない名前とともに、一部には須臾から言い出したわけでもないのに「痛い」の評価。
「俺は何もしていないんだが……。」
だめだ、と須臾は言いかけて言葉を飲み込んだ。
相手側にはすべて、先入観が発生しているのだ。
自分が正論を唱えたところで、何も変わらないのが現実であり。
現在、ほとんど誰も直接的に声をかけることはなくなってしまったのである。
自らが周りを拒絶し、周りが自分を拒絶する学校生活。
「……ごめんよ、美嘉」
そっと、涙目にさせてしまった少女の名前を口にして、須臾は教室の窓から飛び降りた。
須臾の教室は5階。それを問題なく飛び降りて着地した須臾を見て、クラスメイトはよりいっそう恐怖心を倍増させてしまうのであった。
「……なんだよ須臾、入学式は見に行かないのか?」
「俺が行っても意味ないだろうよ、アンク」
須臾の隣にいるのはアンクラリクスエス・クレセントムーン。彼の少ない友人の一人。
名前が長いため、須臾をはじめ友人は『アンク』と読んでいた。
須臾はため息をつき、ベンチの隣であくびをしている赤い髪の毛の少年、アンクを見やる。
アンクは異世界人である。
地球人と異世界人の交流が始まって百年、すでにだれも気にしなくなっていたのだが、異世界人と地球人に外見的に致命的な相違点は見受けられない。
それが、交流を円滑にしていたのかもしれない、と須臾は考える。
「可愛い女の子いたら後で申請が楽じゃん」
「……あの願書は、書いてくれる人なんていないだろうよ。なんせこの目だ。」
須臾はうんざりだ、と言わんばかりの顔で自分の目を指差した。
しかし、アンクは首をかしげただけだった。
「そうか? 俺はその目のほうがいいと思うけど」
「は?」
「強い目力は、その人の強さを象徴していると思わないかい?」
訳が分からないと、須臾は呟きアンクを見上げる。
アンクはベンチから離れ、ニヤニヤと唇を吊り上げながら須臾の右のほうを指差した。
「ほら、新入生の入場だ。……本当に見に行かなくてもいいのか?」
新入生は皆緊張した面持ちで、須臾とアンクの目線には気づいていない。
それとも、二人の存在すら認識できていないのか。
須臾は、一人の新入生に目を留めて首を振る。
しかし、須臾の目には”その人”の容姿が焼き付いて離れない。
同時に、心の奥から湧き上がる違和感が、須臾を包んだ。
「……気が変わった。やっぱり行こうかなと思う」
「なに? 可愛い女の子でも見つけたか?」
興味津々、と言ったように聞いてくるアンクを須臾は横目で見て黙らせる。
そして自分もベンチから立つと、入学式の行われる学園の講堂に向っていった。
「……可愛い、と一言では言い表せない人がいた」
「あ、ちょ、ちょっと待てって!」
振り返らずに走っていく須臾を追いかけながら、アンクは叫ぶ。
「いったいどうしたんだ、あいつ。……この一年間、女の子はおろかクラスメイトにも関心を示さなかったのに」
しかし、その言葉はついに須臾の耳に届くことはなかった。
御読了感謝です。
こういう作品って、割と多いような気がしますがどうですかね?
ご感想など、お待ちしておりますね。