醒装コードNo.018 「少年、圧倒する」
この話を入れてあと2話!
第1章はそろそろ終了します。皆様ありがとうございました。
最初に動いたのは、やはりというべきか須臾だった。
神速の足でレリックの目の前まで駆けると、逆手に構えていた剣を斜め上に向かって、そのままのアンバランスな体勢で振り切った。
一瞬判断が遅れ、レリックは後ろに大きく跳躍する。
しかし、次の瞬間には目の前に須臾の姿が……。
「くっ!」
レリックは長ったらしい醒装式を唱えるのも煩わしくなり、無詠唱で小さな楯を作り出す。小さな楯程度なら、アポリュト学園でも一年目に無詠唱で扱えるように授業で訓練される。
通常、それで充分であり、須臾は振り切った後の隙でレリックの勝利は決定したはずだった。
しかし、須臾はその楯を力で割り、割ったのを確認したと同時に後ろに引いた。
後ろに引いた勢いで、レリックの左手は血を流しながら裂けていく。
しかしレリックはさすがというか慌てない。
そのまま簡易的な止血をして、大剣を構えた。
須臾は、その様子を観察しながら剣を構えなおした。
一見、上段に対しての攻撃はがら空きのようにも見える。
もちろん、レリックはそこをねらった。
大剣を振り上げ、須臾の懐に走り込むと同時に振りおろす。
レリックが確信した、不可侵の攻撃。
彼の頭には、須臾が倒れて動けなくなる映像が流れたが、そこに須臾はいなかった。
すでに何歩も後ろにおり、レリックがどんなに剣を遠くへ振っても絶対に届かない。
そしてつぶやき。
「慢心です」
次の瞬間、須臾はレリックの真後ろにいた。
自分が神速と呼ばれるほどの足を持つのだ。もちろん、相手がどんな攻撃を仕掛けてくるか、行動を見てからよけると言うことが可能である。
レリックは素早く地面に振りおろしかけた剣を無理矢理後ろに向け、須臾は流れるような動きで再びレリックの正面に移動する。
しかもそれは、レリックに悟られずに移動できた。
レリックの瞬きの瞬間を見計らった移動。
時間にすると約百五十ミリ秒、そのわずかな時間、須臾を自分の名前の通り、彼は利用した。
ちなみに、須臾という名前は単位にも使われており、一千兆分の一を表す。
レリックは、普通の人が反応できるのにも疑問が起きるその僅かな時間で、須臾が目の前にきていたことに頭が真っ白になってしまう。
彼は仮にも騎士団員だ。しかし、戦争が起こらない今の世の中訓練も最低限な今年か行われず、双次に個別訓練を頼んでいる団員以外に万が一の事態に備えようとしている人はいない。
そして、レリックも個別訓練はほとんど受けていなかったため、トリッキーな手段を取られてしまうと一瞬の判断が遅れてしまう。
須臾はそこを突いた。
剣を横に振り、反応が間に合わなかったレリックのわき腹を、須臾は的確に突いて吹き飛ばした。
狙ったのはチェストプレートの隙間。そこを須臾は的確に剣を差し入れたのだ。
地面を転がってもすぐに立ち上がったレリックは、わき腹を押さえながら須臾を見つめる。が、意識がすでにもうろうとしていた。
須臾は、静かにその様子を観察している。
レリックが動かなければ、須臾も動くつもりはないようだ。
「なぜ、それほどの強さを持っていながら劣等生と呼ばれるんだ?」
「勉強ができないから」
須臾は肩をすくめると再び構え直す。
あまりにも自然なその動き。レリックは、その姿を目で見定めようとするがそれがうまく行かない。
それもそのはず、須臾は常に動き続けている。
話の途中でも、須臾は戦闘中であれば動きを止めることはない。
常に動き続け、敵がおそってきたときに備えるのが須臾だ。
レリックは応急処置で止血した。しかし、あくまでも応急処置。血を外と遮断するようにもうけられた【楯装】は、大きな動きをしてしまうと少しずつ血が流れていってしまう。
しかし、騎士団員という身分上レリックは負けられないのである。騎士団に選ばれたというプライドがじゃまをして、降参したくともできない状況を作り出している。
須臾は、痛みに声を上げながらも立ち上がるレリックを見て、さすがヴァルのお兄さんだと感心してしまった。
だから、【剣装】が使えなくともあんなに前向きな妹が出来上がるのだと。
そして、同時に喜びを感じた。
長年封印していた感情が、今封印を自ら解いて須臾に笑顔を与えていく。
(戦いが楽しいって思ったの、久しぶりだな)
そしてその喜びは、須臾をさらに加速させていった。
レリックは、意識をはっきりさせるために自分の頭を床に強く打ち付ける。
あまりにも強引な方法ではあるものの、効き目はばっちりであり、レリックは目を覚ます。
「……そろそろ本気で行かないといけないみたいだね」
「とはいってももう本気です、みたいなオチでは?」
須臾の的確な指摘に、レリックは笑うことしかできなくなった。実際そうなのだから仕方がない。
「まあ、本気を出してくれるそうなので俺も出しますよ」
須臾の姿が消えた。
(本気を出すのは本当に久しぶりだな。最後に本気で走ったのって、何時だっけ……)
須臾はそこまで考えて、ずきりと心が痛むと同時に、心が揺れる。
(そういえば、ヴァルに会うときも本気で走ってなかったな。……となると、最後はリースを病院に運ぶとき……か)
交通事故でリースは今、目覚めないが須臾が抱えて行っていなかった場合、死んでいた可能性があると須臾はリースの担当医から話を聞かされていた。
そのため、自分たちのせいであるにもかかわらず、感謝される立場にある須臾は何もできなかったのだ。
物思いに耽ってしまった須臾を見て、レリックは今が好機だと判断した。
痛みをこらえながらもなんとか後ろまで歩くことに成功し、大剣を構えて一思いに振り下ろす。
決まった、筈だった――。
が、いつでも予想外というものは存在し、須臾は利き手ではない左の剣のみでそれを受け止めた。
レリックが驚愕に目を見開くのも構わず、懐に潜って須臾はチェストプレートを剣で叩き割った。
そして【楯装】で防御したレリックの、たった今展開された楯もろとも右手に握っていた剣で叩き割り、再度吹き飛ばす。
「物事を考えていても、常に気は張るものですよ」
「……うぐ……」
レリックが、使い物にならなくなったチェストプレートをその辺に投げ捨て、構えなおす。
須臾は、戦闘本能丸出しの顔でその姿を見据える。
そして、呟いた。
「篠竹流剣術:壱ノ型。『影突』」
そうつぶやいた途端、レリックは実習室の壁に押し付けられ、そのまま意識を失った。
その姿をみて、須臾は呟く。
「俺は、この学園最強になるまで、大切な人を守れるようになるまで。止まれない」
アンクとヴァルが唖然として、開いた口が塞がらない状態なのに対し、キリは静かに賞賛と畏怖の気持ちを込めた拍手を送り、双次は黙ってうなずいた。
「今……何をしたんですか?」
ヴァルがやっと振り絞って出したかのように、須臾を見つめながら誰に聞くでもなく呟く。残念ながら、兄の心配は全くもってしてないらしい。
「須臾が今やったのは、私が生み出した『篠竹流剣術』の第一ステップだ。視認することすら困難な速度で、敵に突進して吹き飛ばす」
双次は平然としたように説明したが、ヴァルは人が地面と水平な角度で人が吹っ飛ぶ姿を今まで見たことがない。
アンクも同様のようだった。
簡単に言ってしまえば、須臾の速度は人間の域を越えている。
音速に近い速度がでていたのだ。
「第一ステップって……冗談キツイですよ。あれ肩で突進したからまだ気絶とあばら骨数本、内蔵に少々の傷などで済みましたけど、剣で突き刺しながらしたら即死じゃないですか」
物騒極まりないことを平然と呟くキリ。ヴァルとアンクはお互いに顔を見合わせ、同時に「はぁ」とため息をついた。
そして、ヴァルは双次から訓練を受けることをあきらめた。
自分ではとうていたどり着けないと、察してしまったのである。
御読了感謝です!




