醒装コードNo.013 「少女、新人戦を迎える」
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隣は須臾の部屋だというのに、ヴァルは彼の部屋に会いに行く気が起きなかった。
隣のドアが開く音。しかしヴァルは動けない。
このような事態で、相談できる友人もいなかった。
(……少しだけ、期待していたんですけどね……)
薄々気づいていたはずだった、しかし。ヴァルは自分自身に言い訳をした。今日、いろいろなことが起きすぎた。
二度も助けてくれた。本当は期待していたのだが、今考えるとそれは恋愛感情ではなく、自分のことを妹か何かだと思って接しているのだろうか、と不安が尽きない。
(そういえば、こういう正式な試合でも師範生は助太刀に来れるんですよね……)
ほかのペアは勝利と名声の為に、その権限を積極的に使ってくるだろう。それを考えると気が重い。
明日は会えないかもしれないと言うことも、ヴァルを不安にさせる原因になってしまう。
いつのまに、自分は須臾のことを王子様か何かにたとえてしまっていたのか。
(……って、何を私は考えているんですか。明日の試合に集中しなければ!)
少しでも集中力を途切れさせてしまえば、須臾のことを考えてしまう自分の頭を振り頭をすっきりさせようとして、見事に失敗してしまう。
(……今日は早く寝ましょう。そして須臾先輩が明日帰ってくるまで、私は勝ち残ればいいんですよね)
新人戦の開始時刻は正午。その時刻に須臾は間に合うだろうか。
(アンク先輩、そばにいてくれますかね……)
そこで、ヴァルは自分がどれだけ二人の先輩、とりわけ須臾に頼っているのかを実感してしまった。
自分がどれだけ、一人では非力であるのかを。
「困ってても仕方がありませんし、明日の結果を須臾先輩に見せつけるだけですもんね、別に大丈夫ですもの」
わざと声に出すことによって、ヴァルは自分の決意を確かめようとしていた。
それが明確になんであるのか、少女は知らない。
しかし、それに気づく前に少女は眠りについてしまった。
倒れ込むように。
アポリュト学園からそう遠くない、とある公園で。
一組の男女が、額を付き合わせてなにやら話をしていた。
「やっぱりね」
「なにがだ? 美嘉」
下級生のキョウヤ・シュレイダは戸惑ったように師範生である蘭丸美嘉を見つめる。
その返答に、美嘉は顔をしかめて頭をはたいた。
「上級生に対して彼女感覚で呼ぶのをやめなさい。私はあなたの師範生よ。……何がって、篠竹須臾の教育生、【楯装】しか使えないそうよ。…異常なのに、なぜ入学できたのかしら」
首を傾げる美嘉。
その答えを、シュレイダは知っていた。
頭を掻きながら記憶の奥底をたどる。
「入学試験、ノーダメージだと聞いたぞ。試験監督が仰天したらしい」
「ふふ、篠竹須臾も確かダメージはなかったわね。……ちょっとハッチャケすぎて、自傷行為はしたみたいだけど」
その噂はシュレイダも小耳に挟んでいたため、彼は思いだした。
途端、シュレイダは顔を青くして心配そうな顔になってしまう。
「噂の『冥王』・『化け物』とはあの人だったのか」
対して、美嘉は楽しそうに一枚の写真をなでていた。
そこには、笑いあう美嘉と須臾の姿があった。
「そうよ? ……ふふふ、待っていなさい。篠竹須臾と、ヴァルキャリウス・アキュムレート?」
アポリュト学園、新人戦はトーナメント制で行われる戦闘大会と言っても過言ではなかった。
参加者は新入生全員、そして観覧席に座るのは学園の在校生・教師をはじめ来賓の方合わせて数千名。中にはメディアも含まれており、とても一学園の大会だとは思えない規模で開催されている。
メディアの働きと言えば、生放送で両方の世界各国に伝えられるほど名の知れたものである。同時に有名になった生徒はその後将来を保証されることが多い。
「……ヴァルちゃん、準備はいい?」
正午まで残り三十分といったところか、身体を慣らしているヴァルに、アンクが話しかけた。
今日、アンクは須臾の代わりにヴァルの応援に来ていたのだ。
「大丈夫です、アンク先輩。今日まで誠にありがとうございました。悔いのないよう、一生懸命戦っていきますから」
「それならいいけど。……須臾からの連絡がこないんだ、多分間に合わないんじゃないかな」
「わかりました。もし連絡があったらよろしくお願いします」
アンクはあくまでも『協力者』であり、『醒装教育申請書』の『師範生』ではない。そのため、ヴァルの傍で彼女を応援することはできないのだ。
もっとも、現時点で『醒装教育申請書』を提出している人自体少ないのだが。
ヴァルは不安な気持ちが増大するものの、アンクに対して笑顔で頭を下げた。
『この後すぐ、アポリュト学園の新人戦が開始されます。今回は、本日欠席予定の生徒会長、愛漸キリに代わってアイレイアルス・アントランデが進行を務めさせていただきます』
やはり、キリ先輩もお見舞いに……とヴァルは状況を察した。そして同時に、昨日顔色の悪かった須臾の顔を思い出してしまう。
今考えても仕方のないことではあるが、ズキンと心が痛んだ。
「集中、集中ですっ」
しかしやはり落ち着かない。
ヴァルは深呼吸をして、試合前に発表されるトーナメント表を待つことにした。
新入生の顔は十人十色といったところだろうか、余裕そうな顔をしている人も居れば、真っ青な顔で俯いている人も居る。
その中でヴァルは比較的落ち着いている一人であったはずだ。
(須臾先輩の情報によれば、決勝戦にあたるはずの人だけが脅威だといっておりましたし、それがおそらくシュレイダでしょうね。一番当たりたくない相手です)
心の中でそんなことを思いながら、ヴァルは待機場所で一人。友人もいない状態の中、ヴァルは周りの人を観察した。
そんな中でも一番多いのは、理想形の【剣装】を人に見せびらかしては喧嘩を売っている調子に乗ったグループと、武器をひた隠しにしている人たち。徹底して友人にも見せないような人も居る。ヴァルは意図していないが、そもそも誰にも見せろと凄まれることもなかった。そもそも、【楯装】しか扱わないヴァルを危険視する人はいない。
『第一試合の前に、セイリック・アリシト聖王国騎士団長の篠竹双次様から、一言』
アナウンスとともにディスプレイには、やたらガタイの良い、中年男性が映し出されている。彼の名前は篠竹双次、須臾の父親である。
須臾とよく似た黒い髪の毛ではあるが、その目は極めて朗らかな印象を全体に与えている。逞しい体つきは、騎士団で率いていた経験によるものだろう。顔にもいくつかの傷がディスプレイ越しにも確認できた。
「えー」
双次が話を始めると、観客席含めすべての音が瞬時にかき消された。それは今まで鳴り響いていたスピーカーから、プラグを引き抜いたような見事なものである。
「紹介にあった篠竹双次だ。新入生のみんな、アポリュト学園に入学おめでとう。私もここが母校であり、毎年数々の有望な醒装使いを輩出している。……ここに入学できたことを誇りに思ってもらえるとありがたい」
その声は、あまりにも深遠な森をイメージさせる。まるで、森の奥深くから神が呼びかけているような感じだ、とヴァルは思ってしまった。
「子の新人戦で優勝者は、これから何を実現させていくのか、何を成し遂げていくのか私にはわからないが、醒装の女神からの御加護があらんことを」
そして一礼。しかし双次がディスプレイから映らなくなっても、誰一人話をすることはなかった。
『それでは、トーナメントの発表をさせていただきます。……第一試合、ヴァルキャリウス・アキュムレート 対 相原怜」
ヴァルが進み出ると、一年生の中で何人かが失笑を漏らすのを彼女自身は感じ取った。しかしそれも今日で終わる。ヴァルはそれを確信し、舞台に上がって対戦相手を見つめる。
観客席はヴァルのことを知らない人が多く、彼女の美貌に誰もが見とれる。が、彼女を知っている人は全員軽蔑の笑みを浮かべた、ような気がした。
戦いの舞台は、白一色に染められた半径十五メートルのフィールド。実習室と全く同じ素材でできているそれは、学生レベルの醒装では傷一つつかないだろう。
「君が噂の劣等生だね」
相原は、勝利を確信した笑みを浮かべながらも、何とかふつうの会話をしようと振る舞っていた。
「……貴方は私が進む障害になりますので」
『では、双方用意』
しかしヴァルは素っ気なく返すと、アナウンスの後に自分の剣であり楯でもある武器の、展開式を唱えた。
「性能:楯装。属性:【光】。醒装名:『銀楯』」
彼女の腕先に光が、醒威が集まっていき銀色の楯を形作る。楯としては細すぎて、剣としては太すぎるその醒装は、対戦相手の想像を大きく上回る。
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