醒装コードNo.012 「少年、殺意が芽生える」
初感想いただきました!
日間のランキングも相変わらず現時点学園で10位と、なかなかうれしいです!
皆様のおかげですね、誠にありがとうございます!
「初めて、あんなに注目されたぞ」
「す、すみません。……あの、今日も先輩の……?」
「心配してくれた礼だ、あまり気にしなくてもいい」
ヴァルは、須臾に手渡されたA定食を呆然とした目でみつめたまま、動かない。目の前に出てくる、この学園で一番高いメニューに唖然としていたのだった。
彼女の目には、A定食がきらきらと輝いているようにも見えた。まるで食材が、食されることを喜んで歓迎しているような感覚を味わった。
「冷めないうちに食べておけ。……すぐにアイツがくる」
「どういうことですか?」
しかし、須臾は何もいわずにヴァルを急かした。ヴァルは何も考えず、並んでいる豪華な定食のなかで酢豚と呼ばれる料理を一口。
その途端、ヴァルは立ち上がって感激しそうになった。
酢豚とは、日本と海を挟んで隣国である、地球最多数の人口を保有する中国の料理である。日本ではケチャップなどを使って作るが、本場は黒酢を使用する。食堂の定食は、より忠実に本場の味を再現していた。
「食堂の定食がこんなに美味しいとは思っていませんでした」
「……地球側の新しい食文化にふれて、感激しただけじゃないか?」
しかし、それにヴァルが反論する前に、二人が座っている席の前に一人の女子生徒が仁王立ちしていた。ヴァルがギョッとした顔でその女子生徒を見つめるも、須臾は構わず食えと急かす。
「あんた、さっきの授業どこにいたの?」
「出席にはなっているはずだが?」
「席にはいなかったじゃない!」
須臾はため息をつく。このお節介め、と顔を上げそうになったが自分の目のことを考えてそれも踏みとどまった。ヴァルは呆然とその女子生徒を見つめていたが、女子生徒は数分後にヴァルの存在を確認した。
「貴女がコレの教育生?」
「……はい。ヴァルキャリウス。アキュムレートと申します」
「そう。私の名前は蘭丸美嘉。コレのクラスメイトよ」
ヴァルは会釈して、須臾の様子を覗きみた。自分のことをコレと呼ばれているが、須臾は特に気にしていないようだ。関心がないともいう。
「あ、勘違いされたら困るけど。地球系エヴァロンだから」
「そんなことどうでもいいです。食事中なので」
「ふーん。……劣等生についていく物好きがいるのね、この学園にも。どうせ貴女も似たような……」
美嘉は、須臾の顔を見て言葉を失った。
須臾の周りには、黒いオーラが渦巻いているようにも思えた。目はギラギラと光り、美嘉を脅かすように殺気を放っている。
声が出せなくなって涙目になった美嘉は、走って逃げ出そうとしたが、足が動かなかった。その間にも須臾は殺気を放ち続けて、彼女を睨み続けていた。
「ひっ……」
「お前に、ヴァルのことをとやかく言う権利はない」
去りたくとも足がすくんで動くことすらできない。ここで泣き出したくとも周りに人が多すぎて自分が恥をかくことが確実。
美嘉には少なくとも自覚がある。しかしそれは目の前にいる新入生への挑発であって、まさか『冥王』篠竹須臾が怒りを表情に表すとは思わなかったのだ。
今まで、女はおろか男にすら興味を示さなかった須臾が、誰かをかばうことは美嘉の記憶上、なかったはずだったのだ。
しかも他の人が騒ぎださないのは、確実に「美嘉だけに」殺気を放っているからであり、すぐ正面にいるはずのヴァルでさえ、あまり殺気を感じていない。
「どっか行け。これ以上ヴァルにちょっかいかけたら半殺しにする」
脅しではない、本気だと美嘉は悟った。むしろ、今までさんざん悪い噂がたってきた須臾である。なぜ今まで暴れた経験がないのか、美嘉は疑問に思いながら足を動かそうとした。
が、やはり恐怖のためか動けなかった。
恐怖で動けない美嘉から殺気を数分向けた後、須臾は何もなかったようにヴァルに話しかけた。
「食べ終わったか?」
「はい」
「なら行こう」
立ち上がった二人。美嘉はやっと、思うように動き始めた足を引きずって逃げていった。
須臾はヴァルの食器などを集め、持っていく。
「あの、私持ちますよ……?」
「迷惑料だ。……すまないな」
「……いえ」
ヴァルは、須臾よりもむしろ美嘉に腹が立っていたため、面食らって曖昧な返事を返してしまった。
そして弾かれたように須臾の方を向き、質問をする。
「あのう、あのときもし私が暴れてたら先輩はどうしますか?」
「……進路指導室で、師範生としての責任を果たすだけだ」
「それは、私のためですか?」
須臾は、ヴァルの考えていることなんてお見通しだというように、誰にも気づかれないほどの微妙な微笑みを見せる。しかし、その表情はしっかりとヴァルに伝わっていた。
「ああ、勿論」
「本当に上達したな、ヴァルちゃん」
「そうですか?」
新人戦まで最後の訓練で、アンクは素直にヴァルを賞賛した。
ヴァルは意識していなかったが、【楯装】を【剣装】に応用することも粗方できていたし、アンクの覚えさせようとしていた三十のカウンターも半数以上は使いこなせている。
「須臾も、そう思うだろ?」
「ああ、……本当に誇らしい」
「だってよヴァルちゃん、よかったな」
ヴァルは答えない、しかし顔は真っ赤だった。
その姿を須臾は目撃しながら、ヴァルの前に歩み寄ると頭を撫でてやった。
「そういえば、今日昼前の休みは何をしてたんだ?」
「キリと話をな」
「あ……決闘の申し込み?」
須臾は首を振って「まだアンクには言っていなかったな」と頭を掻き、話を続けた。
「俺とキリは幼なじみだから」
「ほぉ。じゃあ何でこんなに差が」
「だまらっしゃい」
顔も性格も真反対、といいかけたアンクの頭に須臾の鉄拳が振りおろされた。うずくまるアンク、そしてくすくすと吹き出してしまうヴァル。
「ほら、アンクは先に帰ってくれ」
「え」
「帰れ帰れ、明日は頼む」
シッシッと手を振られたアンクは「んぁぁ、了解」と状況を察して実習室から出ていった。
残った二人。ヴァルは鼓動が早くなるのを感じて顔を俯かせてしまう。
「……心配しなくても、今のヴァルのレベルでは決勝までいけるさ」
「はい。精一杯がんばります」
「明日応援に行けないかもしれないけど、いいか?」
「それは、会場にいないと言うことですか?」
質問に質問で返され、須臾は困ったような顔をしながらうなずいた。
「今から、昼前の話をする」
「……はい」
そして須臾はポツリ、ポツリとつぶやくように話を始めた。
自分とキリとほかに、もう一人の幼なじみがいたこと。三人でこの学園に入学する約束をしていたこと。
そして、幼なじみが自分たちのせいで交通事故に遭い、今も意識を取り戻さず二年の期間がたっていること。
「明日、お見舞いに行ってやらないと」
「……そのせいで、須臾先輩は?」
「そこは想像に任せる。朝早くから行くから、間に合うとは思うが」
「はい、大丈夫です。……あの」
ヴァルが質問しようとしたが、俯いて首を振った。須臾はヴァルの状態を心配する。
須臾は、未だ自分がヴァルに対して持つ気持ちに整理がついていない。それはヴァルも同じだ。
「どうした?」
「その、幼なじみさんは。……女の人だったんですか?」
「……そうだ」
「好きだったんです?」
「ああ」
即答。ヴァルは肯定の返事が返ってくることは予測していたが、しかし耐えきれず心にダメージを負ってしまった。そして悟ってしまったのだ。
……自分を正面にみてもらえることなんか無いと。あり得ないことなのだと。
自分の気持ちに気づいてしまった。そして、その気持ちが発覚したとともに深く絶望してしまう。
気づけば、走り出していた。
「ご、ごめんなさい……」
「待っ……」
ヴァルが走りだし、須臾が咄嗟に手を伸ばす。だが、ヴァルの目から涙が落ちたのをみた瞬間、須臾は止まってしまう。同時に、ヴァルの自分に向けていた気持ちも理解し、思わず膝をついてしまっていた。
伸ばした手が、届くことはなかった。
御読了感謝です!




