醒装コードNo.011 「少女、絡まれる」
張り切っていきましょう!
よろしくお願いします!
「僕の名はキョウヤ・シュレイダ! 実力十分! 成績優秀! 容姿端麗! 君のような可憐な少女にこそ相応しい男!」
新人戦前日の休み時間。
ヴァルは、目の前で大勢の取り巻きと共に高笑いをしている、地球人の男子生徒をあきれたような顔で見つめていた。
キョウヤ・シュレイダ。彼は地球人の中で、須臾の出身である日本と北米の親を持つハーフであった。
学年はヴァルと同じ新入生であるが、エヴァロンの師範生を持つ教育生であり、めきめきと実力を上乗せし続けてきた人である。
クラスが違うせいか。ヴァルのことをよく知らず、その容姿に惹かれたようだ。
「申し訳ありませんが、現在はそのような時期ではありませんので」
ヴァルは笑顔でそれを断ろうとした。彼女は実際、【楯装】を【剣装】に応用することと、自分の中に渦巻く須臾への気持ちで精一杯だったのだ。
しかし、さすがというかしつこいというか、キョウヤはあきらめようとしない。取り巻きの中にはヴァルのことを知っているのか、止めた方がいいと諭すような人もいたがキョウヤは下がらなかった。プライドの塊である。
「はあ……」
ウンザリしてきたヴァルは、無視を決め込むことにした。そして、人に絡まれる須臾の気持ちも少し分かったような気がした。勿論須臾の絡まれ方と、ヴァルの絡まれ方は違ったが。
ベラベラと自慢話をしゃべり続ける男子生徒と、耳に手を当てて無視を決め込む女子生徒の光景は、周りからみればただのシュールな光景であった。
「ねえ君、聞いてるのかい?」
「すみません、全く聞いておりませんでしたので、次の機会にお願いします」
我慢することを放棄したヴァルは、そういってその場を後にしようとした。しかし無遠慮に腕を掴まれ、怪訝な顔でシュレイダを見つめる。
「離していただけませんか?」
「断る」
振り払おうとしても、所詮女の力に男が負けるはずもなく壁に追いつめられてしまう。
今は休み時間のため、教師が廊下を彷徨くことはほぼない。教師が廊下をせわしなく歩き始めるまで裕に5分以上ある。それをシュレイダは知っていたからこそ、ヴァルに絡んだのだ。
(困りましたね……。しかし、そろそろ須臾先輩が探しに来る時間ですし、少し待ちましょうか)
腕を知らない人に掴まれているという不快感はあったものの、一度須臾が探しにきてくれると、ヴァルは信じて疑わなかったし。
「ヴァル、何をしているんだ?」
それは確かに訪れるべきことであった。須臾はヴァルの姿を見つけると、半ば強引に腕を引っ張り、シュレイダから引き剥がす。
そしてシュレイダの方を一瞥し、「ヴァルから手を離せ」と凄んだ。勿論、効果は抜群である。シュレイダは途端に目をそらし、ヴァルから手を離した。
「……なかなか来ないなと思ったら、こういうことか」
「すみません」
「ヴァルが原因ではない、気にするな。ところでお前らは何故、ヴァルの手をつかんでいた?」
須臾は、この時間ヴァルと食堂へ飲み物を買いに行くという週間を作っていたため、いつもの階段前にいなかったヴァルを心配してここまできたのだ。
普段生徒は須臾のことを陰でこう呼んだ、『冥王』と。しかしシュレイダは勢いを取り戻したのか、上ずった声で叫ぶように話し始める。
「ぼ、僕は君を知っているぞ! 二年生の時、勉強面で最下位を獲得した篠竹須臾だろう!?」
その言葉にも、須臾は特に興味を示さなかった。話を反らすなと一蹴すると、まっすぐに彼を見据えて飛びっきり低い声で話しかけた。
「それがどうした。劣等生だからいけないとかないんでな」
「……何を話しているのかな?」
しかし、再びの乱入者。シュレイダは、その人物を確認して顔が明るくなった。
現れたのは、緑色の髪の毛を優美に揺らした美少年……、生徒会長である愛漸キリであったからである。
「おう、キリ」
「久しぶりに話すんじゃないかい? ……須臾、相変わらず目つきがきついね」
「うるさい」
しかし、キリと須臾が親しげに話をしているのを目撃したシュレイダは、自分がのけ者にされたショックと二人の間柄からして自分が救われないショックのダブルショックで笑顔が凍っていた。
「……で、君たちは何故こんなに不穏な空気で話をしているのかな?」
「このシュレイダっていう、秀麗には全然見えない新入生が、人の教育生の腕をつかんでいたから引き剥がしたに過ぎない」
「それは納得だね」
キリはうなずき、少し考え込むような顔をした後、須臾に向かって手招きした。
「須臾、ちょっと屋上にきてくれるかい? ……あと、そこの新入生」
「は、はい!」
返事をしたシュレイダにキリは鋭い視線を浴びせながら、底冷えするような視線を向ける。それには有無を言わせない迫力があった。
「君、女の子の手をつかんだり、壁に押しつけたり、生徒会の逆鱗に触れるようなことをしたら容赦なく先生に報告するから。覚悟してね?」
真っ青になったシュレイダを横目に、キリは須臾に向きなおって手招きを繰り返す。
須臾は動かずに、目線だけでキリに伝えようとした。すぐにキリはそれに気づいたのか、須臾から離れないヴァルを見つめてにこっと微笑みかける。
「そこのお嬢さんもおいで」
屋上というところに、須臾はほとんどというよりかは全くきたことがなかった。理由としては、昼休みしか解放されていないのと昼は弁当でなく食堂で食べることの2つにある。
「あけられるのか?」
「鍵はいつも持ってるよ」
これ見よがしに屋上の鍵を揺らすキリ。須臾はヴァルの様子を確かめて、キリの行動を待つ。
「俺、次の授業……」
「そんなことは気にしなくていいんだよ。僕が何とかするから」
キリの言葉に、須臾もヴァルも絶句してしまう。この学園の生徒会長は何とんでもない権限を持っているのだと、二人同時に思ってしまったのだ。
対するキリはニコニコ顔を崩さず、カチャッと鍵を開けると二人を招き入れる。そして二人が屋上に入ったのを確認し、外の廊下に誰もいないことを確認してから鍵を閉めた。
「ここの鍵を持っているのは、三人しかいないから大丈夫だよ」
「三人?」
「うん、一人は生徒会。つまり僕。一人は学園長先生。一人は職員室の先生。学園長先生は放課後に散歩にくる程度で、職員室の先生は今授業。つまり誰も来ないよ」
キリは笑顔を絶やさず、二人を見つめる。しかし二人は絶句するあまり、口をパクパクさせていた。
「うん、そろそろ落ち着こうか。本当は須臾と話がしたかったんだけど、お嬢さんも話を聞くかい?」
「……須臾先輩、構いませんか?」
一応須臾に確認をとるあたり、もうすっかり忠犬だ。キリはそう思うと、少し安心したような顔で二人を見つめていた。
対して須臾は、キリに目で問いかけ……ようとしたのだが、何を考えたのかそのまま口で言葉にした。
「あのことか?」
「うん。今日が何の日か、覚えているかい?」
「……一度も忘れたことなんてない。構わない、俺に関わっていく上で、ヴァルには必ず話をしないといけないし」
ヴァルは何の話か分からずに、ニコニコ顔を引っ込めて神妙な顔つきになったキリと、いつもよりも顔を暗くしてうつむいている須臾を交互に見つめた。
と、キリがヴァルの様子に気づいて話を始める。
「今ではもう気づいているかもしれないけど、僕と須臾は幼なじみなんだ」
「そうなんですか?」
「……なんだその俺には幼なじみがいなさそう、っていう顔は」
その言葉にヴァルはうつむいた。それは笑いをかみ殺していたからであり、須臾も参ったなと頭を掻く。
「須臾先輩のお友達、アンク先輩しかみたことな……あぅぅぅ……」
須臾の視線に気づき、ヴァルは困ったような声を発した。自分が先輩に対して、とんでもないことを口走ってしまったことに気づいてしまったのだ。
「ごめんなさい……」
「気にするな。あとキリも話を進めてくれ」
「はいよ。……まあ、須臾がこんなひねくれた性格になったのは、別に僕たちに出会ってからとかじゃなくて、ちゃんと理由があってからこそなんだよ」
と、一旦キリは言葉を中断し。ヴァルの方をのぞき込む。その顔はとても不安そうに見えた。
「これ以上聞いたらもう、引きさがれないけど大丈夫?」
「……どういう意味ですか?」
「これ以上、須臾のことをきいたら。須臾のこと、嫌いになっちゃうかもしれないし、すぐに教育生と師範生の関係を解消したくなっちゃうかもしれない。それでも聞く? 今の須臾に、彼がなっちゃった理由」
ほぼ脅しだ。そうヴァルは感じ取った。
できれば、須臾もキリも早く二人になって話がしたいのだろう。……しかし、ヴァルは。
須臾のことが知りたかった。これがただの好奇心であって、須臾の気持ちを全く持って理解していなかったとしても、聞いてみたかった。
「……お願いします」
「ほーぅ。君って本当に……いい性格をしてるね?」
キリはにこりと笑うと、話を続けようとしたが……。
タイミングがいいのか悪いのか、授業終了の鐘が鳴ってしまう。
「あ、君たちの欠席のもみ消ししないといけないね。じゃあまた今度の機会に!」
「いい。俺から話をするから」
ぶんぶん、と手を振るキリに須臾は素っ気なく答え、手を振り返した。屋上の扉から……ではなく柵の向こうへ飛び降りていくキリに、ヴァルはしばし絶句してから須臾の方を不安げに見つめた。
対する須臾は、顔色が優れなかった。ヴァルはさっきの事件の時も何かおかしかったなと思いつつ、下から須臾を覗きみる。
「大丈夫ですか? 先輩、調子悪いです?」
「……ちょっとな、気にしなくてもいい。食堂行こう」
須臾は詳しく語らず、お茶を濁すようにヴァルの背中を押したが、ヴァルは動かなかった。
そもそも、須臾の手には力が込められていなかった。同時に、ヴァルがくるっと振り向いて須臾を見つめる。
「……どうした?」
「さっきの続き、聞きたいんです」
「……あまり、聞いて気持ちのいい話じゃないぞ」
「構いません、先輩のことを教えてください」
まっすぐな目で見つめられ、須臾は言葉を詰まらせた。
「今言える精神状態じゃない。すまん」
「……そうですか。分かりました」
ヴァルは須臾の予想に反して、すぐに引き下がった。
しかし顔は不安げで、気遣うように須臾を見つめたままだった。須臾はその様子に感謝しながら少しだけ力を入れてヴァルを押す。次こそヴァルは動いた……が、ピタッと須臾の動きは止まる。
「あ、こっちから降りたら駄目だな」
「でも、逃げ場ないですよ」
「飛び降りる。しっかりつかまってろよ、あと騒ぐな」
「ふぇ? ひぁぁぁ!?」
須臾は問答無用と言わんばかりの勢いでヴァルの身体を抱え上げると、須臾は一目散に走り出して屋上から飛び降りる。ヴァルは頭が混乱したのか、パニックになって叫ぶため、結局注目される羽目になってしまった。須臾やキリとしては日常茶飯事だが、ヴァルはそうでもなかったらしい。
「騒ぐなと言っているのに」
「すみません……」
野次馬が現れる前に、須臾は出来るだけ顔を伏せながらヴァルの手を握って人ごみの中に紛れる須臾。顔を隠したのは勿論、目で悪目立ちしてしまうからである。
そしてヴァルはというと、須臾に手を握られていることを意識しすぎて何も言えなかった。
(はわわ……)
人混みの中をかき分けるようにして須臾は進んでいく中、ヴァルは必死の思いでついていくことしかできなかった。
御読了感謝です!
……純粋な異能バトル学園ものでここまで上がれるのは久しぶりですね。
感謝感謝ですよ。




