1章3話 血と氷の始業式
連続投稿です。
今回は残虐映写があります。
千藤は信じられなかった。信じたくも無かった。
次々と殴る蹴るなどの暴行を加えられて倒れていくクラスメートたち。その中には学校内ではある程度名の知れた猛者たちも為す術無く倒されていった。
ゴリラも級長も漫才師も、モヤシも女子もチビでも関係ない。完全無差別、問答無用でクラス中のほぼ全員がエトワールに倒されていた。
悲鳴と呻き声が上がる一年A組の教室には所々、赤い液体や黄色い汚物などとても他人には見せられないような地獄へと化していた。
「………………」
「……どうしてこうなった」
教室内で倒れている人は五十人をゆうに超えている。噂を早々と聞き付けて他クラスから来た人や状況を聞いて仲裁に入ろうとした先生も被害者に含まれていた。そして教室に足の踏みどころが無くなった所で新しい犠牲者が踏み入ろうにも踏み入れず、エトワールは止まった。
一年A組の教室で今も立っていられるのは三人だけとなっていた。他は全員地面や壁に打ち付けられて倒れている。
「無事なのはお前だけか、相沢」
「なんなのよ、これは!?センドー、説明しなさい!」
教室内で立っていられた唯一の人物、相沢智代は叫んだ。女子の声は高音で耳に響くので、千藤はつい耳を塞ぎたくなった。彼女は学年最強の女なので、恐らく唯一エトワールに対抗出来たのだろう。立っているのが何よりの証拠だ。
「そう命令されても、分からん事は分からん」
「チッ、使えないわね」
「悪かったな、期待に答えられなくて」
唯一立っていられた相沢と言う少女は露骨に舌打ちをした。舌打ちされて、少し腹が立った千藤は少し挑発的に返答した。千藤だって今日、初めて話したばかりで殆ど何も知らない。彼が彼女に関して知っている事はフランス人と日本人のハーフで、田子と義兄妹である事だけだ。
事実、突然顔を合わせられて、後は任せたと言わんばかりに放置されたので、こんな地獄絵図を描き上げるなど想像だに出来なかった。
「お前が連れてきたんだろ!だったらお前が現状をどうにかしろ!」
「どうにかしろと言われても、一人じゃどうしようもないよ!」
既に犠牲者は五十人を超えている。こんな状況、一人でどうにかしろと言われたら、多分やれて遺体の焼却処分ぐらいだろう。念の為に言っておくが、千藤はやろうともしていないし、死んでいる人は多分居ない。
「と言うか、相沢。テメェなら素手でも抑えれたんじゃねぇのか、エトワールを。唯一立っているし」
「それを言うならこっちのセリフよ!何でアンタが立っているのよ!?」
「知るか!俺に攻撃が飛んでこなかったんだよ!」
そう、近くに居た千藤には一切攻撃が飛んできていない。周囲のクラスメートたちが倒されている様子に圧倒されて呆然としていたのもあるが、それでもエトワールには攻撃されなかった。当然だが、普通である彼は相沢のような武術の達人ではない。
そう考えていたらすぐ近くでバシィと言う音が鳴った。
「そこを退け、久保!その男はやっぱり殴っておかないと気が済まない!」
「お前、やる……」
相沢がいつの間にか千藤に近付いて殴り掛かっていたのだ。それをよもやまさか、エトワールがその拳を掴んで止めていた。止められた事に気が付いた相沢はすぐに間合いを取って、エトワールと再度対峙する。
千藤が知る限りの化け物である田子の義妹であるエトワールと学年最強を語った実戦剣術の使い手である相沢。この二人の睨み合いはおそらく長引くだろうと悟った千藤は別の行動に打って出た。
「とにかく、今は保健室から養護教諭の金神父を呼んでこよう、俺が行ってくるから大人しくしていろよ!」
「あ、ちょっと待った、逃げるな、センドー!」
「……(コクリ)」
そう言って、千藤は教室を出た。これが更なる悪夢の開始とは彼も想像だにしていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「アイツ、逃げやがったな。まぁ、いい。これでアンタを叩きのめせるわ。一対一なら負けないわよ!」
「……私を叩きのめす?ハハッ、冗談は程々にしろ」
千藤が居なくなった教室に残った二人は改めて対峙し、挑発しあった。だが、より偉そうなのはエトワールの方だ。寡黙でただひたすらクラスメートを倒していた時もずっと何も喋らなかった彼女が相沢を馬鹿にしていた。
「もういいあたしは全力になる!」
そう言って、相沢は自分の鞄から木刀を取り出した。ここまで足場が人で埋め尽くされているならば、一瞬で間合いを詰められる事は無いと判断しての行動だ。久保はそれをずっと見ているだけだった。
「さぁ、覚悟しなさい、久保エトワール!!」
「……凍れ、『氷の世界』」
だが、その木刀がエトワールに届くことは無かった。木刀を突き出した相沢は音も無く、透明な何かによって動きを止められていた。その透明な何かは白い蒸気を発しているために、そこに何か固体がある事が分かるぐらいだ。
「……剣術がどうした。それを使うまでに時間を与えるのがいけないんだ。センドーが居ないなら、私だって容赦はしない。水属性魔術『氷の世界』。その詠唱時間を与えてくれるなど、愚かだったな、相沢智代」
凍り付いて何もする事が出来ない相沢に向けて、エトワールは偉そうに語った。当然、誰にも聞かれない事など承知だった。
「廊下も殺気だらけ。ああ、鬱陶しい、恐ろしい。私に意を向ける人間は誰であろうと許しはしない」
そして彼女による被害は遠くから見ている廊下の野次馬にも飛び火していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
千藤は保健室から力士のような修道服姿の初老の男性を呼び出した。養護教諭の金神父だ。神父と言っている事から分かると思うが、キリスト教の司祭様だ。
治療術に関する心得を持っているため保健室の先生をやっている神父の腕を引っ張りながら、一年A組の教室へと向かったが、一年A組の教室の前に着いた時、そこには教室だったとは思えない状況となっていた。
「なんじゃこれは。どうやったら百人以上が倒れる事が出来るんじゃよ、廊下に」
「それよりも将棋倒しの方が危険ですって!」
千藤は隣にいる金神父にそう言いながらも現場の状況を見ようと、人が倒れてて足場のない廊下を何とか通り抜けて教室前に来たと思った。そこには教室の扉どころか、壁が崩壊し、凍り付いた教室の中は何処の北極圏だと千藤は思った。
そこにはただ一人、エトワールだけがのんびりと椅子に座ってこの様子を眺めていた。
「おい、エトワール!これは魔術か!?気温を氷点下まで下げる水属性の魔術か!?」
「……違う、『氷の世界』」
「制限魔術じゃねぇかっ!」
彼女は頷いた。水属性魔術『状態変化』――分子振動を減衰させる事で水を氷に変える魔術より更に強力な『氷の世界』を使ったと言い張った。
分子振動を極端に減衰させて、大気すら固体としてしまう、正しく氷の世界を作り上げる範囲系の強力な魔術。一瞬で絶対零度まで持っていくので、非常に危険度が高い魔術として法律で制限の掛かっている魔術だ。そんなモノを単なる喧嘩で使ったらしい。
「……人命は問題無い。瞬間凍結で冷凍保存したから、AEDの電気ショックで蘇生出来る」
「いやいや、それって半死状態だから!」
千藤はあの田子の義妹なんだから使えていても何らおかしい所は無いと気付くのが遅れた自分の浅はかさを恨んだ。このエトワールと対等に殴り合いをしていた相沢も魔術には為す術無く凍らされて手も足も出ない状態になっていた。怨敵だが、流石にこれは可哀想だと千藤は思った。
「とにかく、もう他人を攻撃するな!今、金神父を連れてきたから、お前は一度ここから出てくれ!」
「……分かった」
「金神父、申し訳ありませんが後を宜しく頼みます」
彼女は全く悪びれた様子も無く、千藤の手に引かれて教室を出て行った。残ったのは死屍累々とした廊下と壁や扉が崩壊して氷漬けにされた教室、教室の中に冷凍保存された生徒たち、そして金神父だけとなった。
「このワシにどうしろと言うんじゃ……」
金神父は嘆くしか無かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これは一体どういうことだ!?」
「……皆、私に危害を加えようとした。だから、私は皆を倒した」
「どうして危害って言うんだ!?ただ、皆、お前の事が知りたかっただけだろう!?」
「私に触ろうとした奴が居た。他の奴も同じだ」
「そういう話じゃない!」
千藤と二人きりになったエトワールは彼の問いに答えた。その彼女には全く悪気を感じて居らず、反省の色も全く無い。そうである事が至極当然であるかのように彼女はその場に立っていた。
今にも彼女の頬を叩きそうなほど激昂している千藤だったが、彼が彼女を叩く事は無かった。
「もういい、今日は早退させる。このままだと学校中が血の海になってしまう」
「……分かった」
千藤は全てを明日に回して、久保を連れて早退した。他でもない、皆を守るために。
後にこの日の事は『血と氷の始業式』として久保の悪名を高める事件として学校中で有名になった事件となった。
なお、後始末を任せた金神父は医術の申し子と言われていただけあって、あの惨状に巻き込まれた生徒を半日で全員治して見せたため、とんでもなく大きな問題に発生する事にはならなかった。
とにかく、どれだけエトワールが危険かを書いてみました。
やりすぎだろうと言いたくなるかも知れませんが、主人公が最も『普通じゃない出来事』に巻き込まれた象徴として書きたかったので、エトワールはそんな暴力キャラに仕立て上げました。
とは言ってもエトワールは暴力的になる裏の理由もちゃんと存在します。突然の編入もそれに影響しています。
〇金神父
在日韓国人にして、キリスト教カトリック教会イエズス会の神父。イエズス会から高鷹学院に派遣された養護教諭。一応世界史・倫理の教員免許も持っている。医術に関しては外科から薬術魔術経穴術とありとあらゆる分野の医術を得意としており、その万能さは誰もが届かないようなずば抜けた才能を持つが、力士外見から中央に嫌われて日本に左遷された経緯を持つ。
今後、エトワールが起こす事件がどうして大事にならないか、その原因の一つとなる天才。
(元ネタの一部は某禁書のカエル医師。化け物医師の存在)