1章1話 待ちぼうけ
最初の2話を同時投稿します。
「おいおい、急げよ!急がないと始業式に遅刻してしまうぞ?」
黒の学ランを身に付けた少年が言った。彼の襟には『高』の字とローマ数字の『Ⅰ』の字があった。
彼の名前は千藤悠歳、今日から晴れて高校一年生になる少年だ。
日本人にはありがちな黒髪黒目で大した特徴も無い。背も168cmと高校一年生の平均身長と比べると少し低いが、でも低すぎる訳でもない。ちょっと肩幅が狭く、頼りなさそうに見えるぐらいだろうか。
今日は彼の四月初めての登校日なのだが、彼が呼ぶ相手は部屋に入ったまま、一向に姿を見せない。
『入学式』ではなく、『始業式』なのは彼等が通う学校が中学校・高等学校一貫教育学校であるからだ。高校一年生は言うなれば四年生として始業式を迎えるため、高校一年に置ける『入学式』は無いのだ。
「もう少し待ってくれ、センドー」
「もう少しって、始業式に間に合う電車は後八分後だぞ?それ逃せば遅刻は確実だから、マジ急いでくれよ!」
千藤は呼ばれた彼は左手にしている腕時計と睨めっこをしながら、扉の向こうから一向に出てこようとしない親友を即した。
最寄りの電車駅である高鷹駅までこの家からはダッシュで行けば五分で到着出来るが、始業式でいきなり走り込みでの登校など彼としては勘弁願いたい所だった。
「大丈夫、大丈夫。遅刻したって俺は構わないから」
「いやいや、構うって!」
扉の向こうから聞こえてくる非常に無責任な声。この家の主であり、千藤の同級生である田子と言う少年はそう言った。彼に扉の前で『少し待ってくれ』と言われて早十五分。余裕を持って登校するつもりが、いつの間にか時間ギリギリまで待たされてしまっていた。
「おい、田子!俺は先に行くぞ!」
「だから待ってくれ!車で学校まで送るから!」
「お前、俺たちと同じ十五歳だろ!運転免許は十八歳からの筈だろ!!」
「大丈夫だ、俺を誰だと思っている!」
そう豪語するのは扉の向こうに居る田子だった。こうも自信満々に行ってくるこの男は本物の天才だ。中学生にして、教育機関では教えてもらえる筈の無い魔術に関する論文を書き上げた天才少年なのだ。丁度同時期に同い年の天才少女と当時大学生だった女性がそれ以上にトンデモナイ新発見をしたために、話題に上がることはさほど無かったが、それでも彼が化け物である事に変わりは無い。
「いや、天才だからって法律を曲げる事は……」
「出来るぞ。俺は公安にも知り合いが居るから、そこから特例を認めてもらったよ」
「オイマテテメェ」
全力で突っ込んでしまったが、どうやら事実らしい。彼は扉にある下の隙間から免許証が投げ出された。間違いなく本物だ。しっかりと公安委員会の文字もあり、合成とかで作り出したとは思えない代物であった。生年月日もそのままで免許の更新に置けるラベルカラーは何故か『緑』では無く『青』だった。
「確か青って、一度免許更新必要だよな?取ったばかりだと緑だった筈だよな?」
「そうだな。去年一度やったぞ」
千藤は彼に色々と聞きたくなったが、諦めた。この田子と言う男を常識と言うハカリで見てはいけない。魔術を例にして上げたが、他の分野においても彼は群を抜いている。仲間内で喧嘩とかをやって、彼に一撃を与えられた奴など居ないし、テストで全部満点を取ってとある教師を廃業まで追い詰めた逸話を持つ本物の化け物である。
そんな彼の友人である千藤は彼の家を『下宿』先として選んでいる。だから、千藤は今、下宿先の主を待っているのだ。同じ場所に住むなら一緒に登校して当然、そんなノリだ。
そして、この下宿からの初登校日になる今日、いきなりこの待たされっぷりである。
「……まだなのか~?」
「悪いがもう少し待ってくれ。多分車で送っても遅刻するだろうが、問題は無いだろ」
「オイマテ、車でも遅刻するってどういうことだよ!?」
千藤は目の前の扉を強引にでも開けたくなったが、その扉には鍵が掛かっているので開けようにも開けられない。居候の身でこの家全部の鍵を持たされるわけがない。
「安心しろ、センドー。お前のクラスについては事前に聞いているから大丈夫だ」
「それはよかっ……って、そういう問題じゃない!」
確かにその情報は重要だった。始業式の日に新学年に置けるクラス分けが張り出されるのだが、その張り出される期間は朝休憩、即ち始業前だけだった。初日を遅刻した生徒は職員室で名前を言って、いきなり複数の先生から説教を受けて目を付けられる事になるのだ。
でも、そうしないと自分のクラスが分からないため、仕方なくそうする必要があるのだ。だが、クラスが分かっているなら職員室に行かずに済むため、誤魔化せると千藤は思った。
だが、それだけでは納得が行かなかった。
「仮にも俺、無遅刻無欠席をモットーにしているんですがね、田子?」
「それは俺も知っている。だから諦めてくれ。どうせもうお前の遅刻かどうかについては俺の手中に握られているんだからな、ハハハ」
「うぐっ!」
そう、千藤が自力で遅刻せずに通学するための最終の電車は既に発車時刻。その他の手段と言うにも、高校生になったばかりの千藤がタクシーなど使える訳もない。他でもない、この田子の送迎以外で千藤が遅刻しない手段など無いのだ。
「だから、諦めろ、センドー。もう少ししたらいいもの見せてやるから」
「いいもの?」
そう言われて、千藤は渋々扉の前で待ち疲れたので、机に着いて鞄の中から本を取り出した。軽く読めるファンタジー小説を片手に田子を待った。
どうせ、あの田子が『遅刻』するだろうと言ったのだ、もう少し時間は掛かるだろうと思って彼なりに時間潰しを始めたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
かれこれ待ち続けて三十分。ガチャリとその扉の鍵が空く音が聞こえた。
「やっと準備が出来たのか、田子。一体何をやって……え?」
「………………」
その扉から出てきたのは非常に背が高く、腰に届くぐらいのちょっと青がかった銀髪を持つ碧眼の白人美女が居た。服装は千藤の通う高鷹学院高等学校の女子制服――シスターが着る修道服をワンピースのような感じに仕立て上げたモノ――を着ていた。
顔の一つ一つのパーツも良く、正しく絶世の美女と言えるような、そんな少女だった。
「君は……?」
「………………」
取り敢えず訪ねてみるが、彼女は表情を変えぬまま千藤を見つめるだけで何も喋ろうとはしていなかった。会話が成立せずに困った所で、彼女の後ろから男が出てきた。他でもない、先ほど呼び掛け続けた田子だ。
「遅くなって済まなかったな、センドー」
「この白人美人さんは、一体どちら様で?」
「………………」
千藤は何とか苦し紛れでも出た丁寧語で彼女の事を聞いた。ついつい誰だと聞きたくなったが、そう言っては失礼だと言う事は誰だって知っている。咄嗟に出た言葉が丁寧語で良かったと心の中で安堵しながら、千藤は聞いた。
「彼女は久保エトワール。俺の義理の妹だよ。これからセンドーと一緒に学校に通う事になるから宜しくな」
「……(ペコリ)」
「ど、どうも……千藤悠歳です」
礼儀正しくお辞儀をしてきた久保に千藤もお辞儀をしながら自己紹介をした。あの田子にこんな美人の義妹が居たなんて初耳だったし、彼女のプロポーションにも目を奪われそうになった。
外見が少し目立ちにくいように緩く作られている制服なのに、それでも外から豊満な胸が分かるぐらい立派な女性の体格だった。触ったらどんな感触か想像が付かないほどの見た目だが、そんな事を考えている場合ではなかった。
「それじゃ、学校に行くぞ」
「……(コクン)」
「わ、分かった」
突然の出会いに驚かされた千藤だったが、これから彼に降りかかる数々の試練を象徴する最初の出来事であった。
主人公はただ、立っていただけのお話です。
男の親友を待っていたら、出てきたのはまさかの美人。出会いが印象的になるよう意識したつもりではあります。
キャラクター紹介(簡易)
〇千藤悠歳
主人公。高校一年生。親友の田子の家に下宿している。
〇久保エトワール
メインヒロイン予定。義兄には非常に従順な少女。その本性は次回以降で明らかに……。
〇田子
千藤の親友にして宿主。天才の異名を持つ最も常識外れな人物。立場的には保護者サイド。