後編
顔がこちらを向く。
わたしと目があう。
わたしは何を言ったらいいのかわからない。
伏し目がちにしていたら、あのひとが口を開いた。
ちせ、元気だったんだね?
もう大丈夫だよね?
わたしは、相づちだけする。
母さん、ちせは前と変わってなかった?
え!?
わたしは驚いて顔を上げ、彼の顔を直視する。
間違いなく2人の目は合っているはず。
なのに彼の表情は変わらない。
これって、あのときとまったく同じ。
学校ですれ違ったあのときと同じ光景だっだ。
女性が笑顔で言う。
ぜーんぜん変わってなかったわよ。
あなたが言った通り中身は昔のまんまだった。
そっか、やっぱり変わってなかったんだね。
と嬉しそうに彼も笑顔で答えている。
あのときと同じ笑顔。
わたしの脳裏によみがえる記憶。
わたしと彼は幼稚園からの幼なじみだった。
あの頃はよく遊んでた。
だけど中学の時に隣町に引っ越しして、
それから連絡取ることもなかった。
高校に入るとまた同じ学校で再会。
だったけど3年で彼との距離は遠く
話しかけられない存在になっていた。
身長も伸びてた。スポーツ万能、
顔もかっこいいと学内でも評判だった。
すれ違うときに微妙に会釈するのが精一杯。
ある日、会釈したら向こうから
ちょっと話していい?
だれもいない音楽室に2人きり。
ドキドキして息苦しい。
彼を見つめると、笑顔でこちらを見ている。
久しぶりだね、でもちせは全然変わってないな。
わたしは小さく頷く。
おれは変わったかな?
わたしはまた小さく頷く。
おれは三年間ずっとちせが好きだった。
なんでいきなり?
驚きで声にならない。
言えるときに言わないと…
おれもう後悔したくないんだ。
後悔のその意味が今ならわかる。
わたしたちはそれから付き合った。
映画館でデートして、終わったあと感想を聞いたとき。
ああぁ…寝ててあまり覚えてないよ、ごめん。
そう笑いながら言った。
声だけで理解するの大変だったよね?
プリクラ撮って、らくがきするとき、
画面に顔を近づけすぎてるの笑ったけど…
見えにくいのに必死で書こうとしてたんだね?
カラオケに行くと知ってる歌ばかり歌うから
またおんなじやつ~、この歌好きすぎだしって皮肉ったけど…
暗記して歌い続けるのって大変だったよね?
すべてはわたしに気づかせないで、楽しませるため。
目が見えてないのにあんなに笑顔で一緒にいてくれたんだ。
わたしは目の前の彼に近づいて言った。
なんで話してくれなかったの?
わたしじゃ頼りにならなかったの?
彼は驚いている。
わたしね、今もこれを持ってるの。
財布から写真を出した。
二人楽しく笑ってる小学生のころの写真。
わたしのが背がまだ高い。
今もわたしの宝物だった。
わたしは彼の頭に手を伸ばした。
こんなにあなたの背が高くなるまで待って、
やーっと幸せ来たんだから。
追い抜かされていつの間にか
わたしには遠い存在になって、
いつも見ているだけだったけど…
あなたよりわたしのほうが
ずっと先に好きだったんだからね!
彼が下を向きながら小声で言う。
ごめん、それ気づかなかった。
おれって鈍いんだよね。
なんで病気のことちゃんと教えてくれなかったの?
また下を向いて黙った息子の代わりに母親が話し出した。
一緒にいるのに見えなくて何も言えず
あなたを守れなかった自分が嫌だったの。
これから一緒にいても迷惑をかけてしまうだけだし。
だからせめてブログであなたを毎日、見守っていたんだけど、
ある日、わたしにお願いがあるって。
ぼくの分身になってちせちゃんを救って欲しいんだって。
彼女が自分の分身?
抱きしめたのも泣いたのもほんとは彼の心?
でも、わたしはそれじゃいやだ。
わたしは分身でなく本物がいい。
身も心も本物のあなたを愛したんだから。
あなたを感じたかった。
わたしは彼の頭を撫でた。
頬に触れた。
見えない目にそっと手を置いた。
どれもぜんぶ本物なんだよね。
気づくと涙がでていた。
カシャッ…
カメラ音がした。
お母さんがはしゃぎながら言う。
お涙ちょうだい~!やっぱり2人はお似合いだねっ。
そして彼の口が動いた。
ごめん、こんなおれでよかったら
もう一度付き合ってほしい。
黙ったままのわたしに
お母さんがささやく。
ちゃんと答えてあげて。
わたしなんかに…
こんなわたしなんかに…
わたしのことブログで見てたんでしょ?
いろいろ知ってるんでしょ?
なんで、ごめんって謝るの!
謝るのはわたしのほう…
もう前のわたしなんかじゃないんだから!
わたしは泣き叫んだ。
ううん、お母さんが優しくささやく。
もう山姥が前のあなたを食べちゃったんだから。
今からは新しいあなた、いや、前のあなたに戻ったの。
息子と出会った頃のあなたにね。
涙が溢れて声に詰まる。
でも、彼氏が一生懸命言ってくれたんだ、
だからわたしも応えないと。
こ、こんなわたしだけど…
あなたと一緒にいたい、です。
わたしの居場所は…
そこにあるんだ、もん。
お母さんが彼に言った。
もうこれからはお母さんにあまり頼らないでね。
そして、わたしの方を向いて、
わるい女の子は退治したから、わたしの役目はもう終わり。
あとはよろしくね。と言い残して病室から出ていった。
わたしは彼を見つめた。
ちゃんと彼の目はわたしを見ている。
わたしの中身を見通せるすごい目なんだ。
見えないんじゃない。
わたしの心までしっかり見通せてる。
だから何の心配も不安もいらないんだよね。
彼に向かって言った。
わたしね、もう捨てられたと思ったんだ。
でも、あれはわたしの目が悪かったんだよね。
あなたをちゃんと見てなかった。
これからは毎日、ここに来てちゃんと見れるようになる。
心で話せるようになるから。
わたしは大きな彼の身体をしっかりと抱きしめた。
いや、彼の心に抱きしめられていたのかもしれない。
時間が止まったみたいに二人ともしばらく動かなかった。
彼に向かって、じゃあまた明日だね
と言い残し、家に帰った。
自分の部屋に戻ってきた。
でもここはわたしの居場所じゃない。
パソコンを開いて、ブログをたちあげると
山姥からメールが来ていた。
そこにはさっき写した写真が添付されていた。
彼と二人並んだ写真。
わたしは涙目。
その写真をブログに載せて、書き込みした。
わたしの本当の居場所を見つけました。
その居場所とともにわたしはこれからも生きていく。
カウントダウンは、ずっと「1」のまま。
これからは毎日を今日だけと思って生きていく。
そう打ち終えて、ブログを閉じた。
今日で今年も終わり。
明日からは新しい一年。
毎年、何も変わらないはずなのに
どうしてみんな年越しをあんなに騒ぐのか
不思議だった。
でも今なら少しその気持ちがわかる。
明日から自分の居場所で、
新しい生活が始まるんだもん。
今から寝よう。
きっと除夜の鐘がアラーム代わりに
わたしを起こしてくれるはず。
ベッドに横になり、うっすらと
明るくなりかけた窓に背を向けて
わたしは眠りについた。
改めて、連載として投稿しました。ひとりでも多くの方に読んでいただけたらと思います