中編
夜の公園はしんとしていた。
そんな中で、ブランコのきしむ音がかすかに響いている。
女性らしき人影がブランコに見えた。
わたしの足音に気づいたのか、ブランコが止まる。
女性がこちらを向いた。
そして立ち上がると、
ゆっくりとわたしのほうに
近づいてきて、目の前で止まった。
母親くらいの年齢だろうか。
見た目は山姥とはかけ離れた上品な服装で、
端正な顔つきをしている。
女性はふいに両手を上げて
わたしに襲いかかってきた。
目を閉じて叫ぼうとした。
けど、声がでない。
冷静なもうひとりのわたしが呟く。
死ぬつもりならそのままおとなしくしてなさい。
女性の両手がわたしの身体に巻き付く。
もう逃げれない。
わたしの体から力が抜けていく。
これでいいんだ。
一瞬、両親のことが頭を過った。
わたしが死んだら、2人ともさすがに泣くのかな。
だったらやっぱり嬉しいよ。
わたしの中ではもう死んでからのことに頭が行っていた。
だけど、女性の体はわたしを抑えてから動かないまま。
えっ、もしかして…
これは抱きしめている?
わたし…死なないの?
小さな声で呟くと
女性はわたしの髪を優しくなでながら、こう答えてくれた。
この髪や爪はちゃんと頑張って伸びてるの。生きようとしてる。
それからわたしの両耳に手を置いて、耳をふさぎながらこう言ってくれた。
さあ深呼吸してみて、しっかり呼吸する音が聞こえるから。
わたしは耳をすます。
すぅすぅ身体に染み込むように聞こえてくる呼吸音。
身体はこうやってしっかり生きようとしてるんだよ。
でも、あなたの心が死んでちゃ意味ないの。
そして彼女は涙声で…
だから、自分をもっと大切にしてあげなさい。
今までつらかったんでしょうね、ちせちゃん。
わたしはやっと気づいた。
山姥、それはこの人じゃない。
自分を捨てようとしていたわたし自身のことだった。
彼女はそれを伝えるためにわたしを呼び出した。
わたしは…
わたしは…
なんてことばかりしてたんだろう。
恥ずかしさと戸惑いで逃げ出そうとしたが、
すぐさま女性はわたしの手をつかんで言った。
今から一緒にきてちょうだい。
あなたの居場所がそこにあるの。
わたしの居場所。
わたしの居場所はブログの中だけ。
現実には存在しないと思っていた場所。
彼女がそれを知っている。
…どうして?
でも、あるなら知りたい。
行ってみたい、わたしの居場所に。
わたしはこくりと頷いて彼女に導かれるままついていった。
彼女が連れてきたのは公園のすぐ近くにある病院だった。
さあ、入って。
彼女が非常用ドアを開ける。
年末だからなのか病室の明かりも少なく薄暗い。
わたしは彼女のあとをこそこそついていく。
彼女がこっちを見て指をたてて、しーって合図をした。
彼女の後ろを忍び足で病室に入る。
病室の電気は消えていた。
彼女が口を開く。
まだ起きてる?
うん、起きてるよ。
男性の声がした。若い声。
母さん、こんな夜中までどこに行ってたの?
この女性の息子さんのようだ。
何言ってるの、頼まれたことちゃんとしてきたんだからね。
あ、ありがとう。
うまくいったんだね。
よかったよ。
わたしはこの声に聞き覚えがあった。
この懐かしい声。
もうちせちゃんは大丈夫みたいよ。
そう、あの声は…
わたしの初恋のひと、
初めて付き合ったひと、
そして勝手に消えていったひと。彼女が部屋の電気をつける。
病室のベッドにいたのはあのひとだった。