前編
明日は大晦日。やっと今年が終わっていく。
町を歩くと楽しそうに歩く冬休みの学生の姿。
わたしもそう見えてる…わけないか。
昨日から両親は出掛けた。
父親は仕事の出張、母親は実家に帰省。
二人とも大丈夫?
と一応聞いてきたけど、
わたしが小さく頷いただけで、
じゃよろしくねだし。
わたしとしては悩んだふりの頷きだったのに。
二人とも好きな人に会いたいための言い訳だから。
そんなことくらいわかってるんだよ。
携帯ロックしてても、二人ともわたしの誕生日なんだから
簡単にメール読めちゃう。
ま、楽しんでください。
わたしは心の中でふたりにもうステラれている。
家庭内崩壊。
家に戻ると、外の騒々しさに反比例したしんとした空気。
時間が止まっている。
こんなとき友達から連絡が…
なんてわたしには無理な話。
友達も表面だけで陰では悪口の言いあいだから。
学校で付き合ったのに別れた元カレ。
かっこよくて頭よくてみんなの人気者。
なのに彼も両親と同じで突然、わたしをすてた。
はじめての彼氏だった。なんでこんな地味なわたしを。
一年からずっと三年間きみを見てたんだ。
見えない中身、優しい部分を見つけ惚れたんだよ、だって。
嬉しかったなぁ。うかれちゃったよ。
思わずブログに、彼氏できちゃった報告。
みんな祝福してくれると思ったのに。
教室入ったとたんまわりの女子の冷たい反応。
それから毎日、ブログにいやがらせの書き込み。
でも彼氏いるから負けないもん。そう思ったから頑張れたんだ。
けどある日、学校で彼氏に声をかけようとしたら…
目が合ったのに、何も話さないでわたしの前から立ち去っていった。
そして次の日に、いきなり先生から彼氏の転校の話があった。
目の前、真っ暗。
いつの間にか、男子からもあいつは疫病神、
関わらないほうがいいと言われる始末。
居場所がない。
ブログ見てたら、悪口の中に…
知らない男性からの書き込みを見つけた。
それは中傷なんかでない優しい内容だった。
わたしを擁護する甘い言葉の羅列。
同級生なんかやっぱガキなんだよ。大人は優しかった。
会うと悪口なんか言わないで、わたしを求めてきた。
わたしの身体を。
もちろん、お金なんかもらわない。
そのときは温かく触れ合うことで安心できたから。
ぬいぐるみを抱いてる感覚。
落ち着く居場所って感じだった。
誰かがそれを見たんだろう、
学校内でわたしが援交してるとの噂が起こっていた。
真面目そうな淫乱女子高生のレッテルを貼られ、
またその書き込みがブログに溢れた。
他にも何人もしてるはずなのにね。
わたしは学校の意味を捨てた。不登校決定。
すると勝手なことしてた親がふたり団結して、
いや回りを気にしたからだろうな・・・
学校にいかせようと病院に連れていき、
カウンセリングをさせはじめた。
おっとりとした先生で、何を言っても笑顔で頷いてくれるんだ。
真剣な顔でわたしが悩みをちゃんと言うと笑顔でうんうんって。
でも頷くだけ。
そして最後には、学校は行かないときっといつか後悔すると思うよ、
うんうん…暗に行けと示すんだよね。
学校でも病院でも先生ってひとは結局、仕事のための体裁ばかり。
何でも話してみなさい…
話してるでしょ、わかってくれないなら頷かないで否定して欲しい。
やっぱりここにも居場所なんてないんだ。
わかってた。けど寂しい…から振り出しに戻るんだ。
たくさんの知らない男性と会ったよ。
みんなわたしを好きと言ってくれる。
だけど心に響かないから、すぐに新しい人を求めてしまう。
彼がわたしを3年見続けて言った好きって台詞を、
みんなすぐに口に出す。わたしでなくわたしの身体が好きなだけ。
身体を見極めるのに三年いらないもんね。
わたしの体が汚れていく。
ぬいぐるみに汚されていく。
自己嫌悪で体に傷をつけていく。
もう半袖なんてしばらく着れない身体。
でも、今はブログだけがわたしの居場所。
出会った男性とのことを書き込みする。
するとまた新たな男性から書き込み。
この繰り返し。わかっているんだよ。
でもやめたらわたしの居場所は消えてしまう。
ある日、ブログを見ると新たな書き込みがあった。
タイトル『山姥より』
これが山姥との初めての出会い。
こんなブログやめておしまい。
読んでるだけで腹が煮えくりかえるんだよ。
お前みたいな女、わたしが食べてやろうか。
また誰かの、嫌がらせ。ほんとに死にたい。
初めてそう思った。
ブログに書き込みした、
わたしもう死にたい。
すると一緒に死のうか、ってメールがあったんだ。
ブログってすぐに仲間が見つかるんだね。
待ち合わせ場所には車が止まってて
運転席にはスーツ姿の中年男性がいた。
助手席に座り、なんで死にたいんですか?
聞いてみたけど、男性は答えない。
男性は無言のまま、車だけが進む。
車ってことは練炭ですか、と後部を見るが見当たらない。
あったのはロープだけ。首吊り?
車は山奥に…止まる。
男性が初めて口を開いた。
ねえ、目を閉じてみて。
わたしが目を閉じたとたん、体にロープが巻き付いた。
ねえ、死ぬんだから何されてもいいよね。
目を開けた先にあったのはいつもの男たちと同じ目だった。
失望に抵抗も声もなかった。
そして誰もいない場所でわたしは襲われた。
嘘つき。
わたしの価値は体だけ。
ならこの今考えてるわたし、心ってやつには価値はないんだ。
実はわたしがぬいぐるみだったってわけか。
そんだけなんだ。
じゃぬいぐるみになるよ。
動かない止まったままのぬいぐるみに。
一人で死のう。ひとりこの部屋で。
一週間前からブログに死ぬカウントダウンの開始。
そして今日がやってきた。
明日で今年が終わる。
わたしも明日で終わり。
ベッドでぼーっと自傷傷を数えてた。たくさんあるなぁ。
パソコンを見ると相変わらずたくさんの書き込みがある。
書き込みもたくさんあるなぁ、傷とどっちの数が多いんだろー
って眺めてたとき…
1つの書き込みが目に飛び込んできた。
誰もいない部屋、日付が大晦日に変わったそのときに。
山姥より。
二回目の書き込みだった。
やっと、あと一日だね。
こいつはわたしが死ぬことを喜んでるんだ。
嫌がらせなんかもう意味ないんだよ。
死ぬって決めたらもう怖いものないんだから。
無視しようと思った…けど、このままこいつの言いなりになって死にたくない。
これは自分の意志で死ぬんだ。
心が抵抗していた。わたしは山姥に初めて返事をした。
わたしは心身ともに傷だらけ。なのにまだわたしを傷つけたいの?
自傷のことを話した。
みんなそんなことしてどうするの、やめなよ、と言ってきた。
で、写メを送ったら、きみかわいいね、会って話しようか。
そしてわたしは抱かれていく。
でも、山姥は違った。
傷をつけるなら見えないとこなんて意味ないから、
見える場所につけるんだよ。
一人で死ねないならわたしが殺してあげようか。
若い女の生き血はうまいんだ…
こいつ狂ってる。
わたしは怒りと興奮を抑えられず
鏡の前で頬にカミソリを当てた。
刃に力を入れると、うっすらと血がにじみはじめた。
が、その顔を見て手が止まった。
怖かった。
刃や血でなくそのとき見えた自分の顔が。
山姥から三回目の書き込みがあった。
見えたでしょ。あなたはいつもそんな顔をしてたんだよ。
見えないからってその腕にいくつもの傷をつけたんだ。
涙が溢れてきた。
悲しいから?
悔しいから?
それとも自分が情けないから?
わたしには何て返事したらいいのか、もうわからない。
四回目の書き込みが届いた。
…あなたは死ねない。かまってもらいたいだけなのよ、
ちせさん。
この人は、わたしの名前を知ってる、
なんで?
わたしの知り合い?
過去に会っただれか?
頭が錯乱していく。
その中で出た台詞は…
あなたはだれ?
山奥の公園を告げられた
家からは車で30分くらいの場所だった。
小学生のころ、遠足で行った記憶があった。
山姥は最後にこう書いていた。
今からここにきなさい。
わたしがわからせてあげるから。
わたしには自分を殺せない。
だから、あなたが代わりにわたしを殺すつもり?
でも、たしかにわたしはこのまま明日になっても死んでないだろう。
わたしはわたしの約束をこのままでは果たせない。
わたしは返信した。
今から行きますから、わたしを殺してください。