第1話 受け入れる死と、受け入れられない現状
見渡すばかりは緑、緑、緑。
だけどそれは、私の心を清々しさで埋めることはできない。出来る訳もない。
そんな乙女チックな部分があってたまるか。
「……あの、ボケ尼……ッ」
私はいつもどおりの暴言を吐く。
森の中、なんだろう。私はゆらりと顔をあげた。
そしてきょろきょろと当たりを見渡す。
ゆっくりと両足に力をこめて立ち上がる。ぐらりと体が揺れたけど、隣に立っていた木に手をかけ、それをおさえた。
「……自殺はしない主義だから、どうせ、武器があったとしても死ねないんだけどね」
探していたのは、武器。
それも、自分を――殺すための。
まあ、意味の無いことだとは、分かっていたけれど。
一歩、二歩、少しだけ足を動かす。それと共に、ぐしゃぐしゃと草が踏み潰される音がこの無言の森に響く。
何も聞こえない。
鳥のさえずりも、風の音も。
何も、ない。
何かが近づいているのだろうか。そう思って、後ろを振り向いて。
気づいた。
「……狼?」
私は首をかしげる。恐怖は感じなかった。ただ、変なの、と思った。
雷を帯びた狼が、私の方へ向かってきていた。
音も立てず、静かに。
「……あは」
笑った。
ゆっくりと、確かに、頬を緩ませて。
「あは、はははっ!!!あははははは!なんだなんだありがとう!!ちゃーんと殺してくれるんじゃない!くっあははっ!生かして殺す!いいねぇ!めちゃくちゃいいじゃない!さぁ――」
私の獰猛な笑い声に押されたのか、変な狼たちは一瞬後退りをした。
ああ、だめだよ。
逃げちゃあ、駄目だよ。
殺すものは、逃げちゃ、駄目なんだ。
「さぁ――私を、殺して」
両腕を広げて、死を受け入れるような体勢をとる。
変な狼たちが、ピク、と動いた。何かを、感じ取ってくれたのだろうか。
そうだよ、君たちの前にいるこの”獲物”は、抵抗しないよ。
むしろ――歓迎、するから。
私は目をつぶらない。
表情を固くしたりもしない。
目を大きく開け、死を見つめ。
最期は笑って、受け入れてやる。
変な狼たちは飛んだ。
私の方へ、私を、食い殺すために。
その時だった。
「危ない!」
血飛沫が舞った。
私が唖然としている中、その乱入してきた何かは、狼たちをおい払った。
そして、私の方を振り向く。
「お前、大丈夫か?」
……は、ぁ?
大丈夫か、なんて。
「……な、にを……」
巫山戯るな。
「何してくれてんのよッ!折角ッ折角死ねたのに!」
「は、いや、……死ねた?」
「そうよ!死ぬチャンスだったのにさぁ!何?何なの?これもあの女の指図?持ち上げておろせって?ふっざけんなぁ!」
一発その乱入者――私より少し上くらいの少年――の脇腹に蹴りを入れてやった。
体術なら自信があったのに、そいつは微動だにしなかった。チッ。
そいつは呆れたように言う。ああ、ムカツク。
「助けてやったのに……凄い物言いだな」
「助けてやった?上から目線ご苦労さま。でも残念だけど誰も助けてとは言ってない。ただのお節介、ううん、大きなお世話ってとこかなぁもう!」
「良くそれだけ口が回るな……」
「性分なの、しょうがないでしょ」
ふん、と私は鼻を鳴らす。
と、そこで気がついた。
あれ……?
「蒼……?」
視界がチカチカと青く光っているのはなんでだろう、と思っていたら。
目にかかる髪の毛が、蒼い。
ぞく、と背筋が震えて慌てて髪の毛を前にかざすと、真っ青な蒼。
「な、なにこれ……」
声がこころなしか震える。
そういえば、目の前の少年も髪の毛が銀色だ。まあありえない色じゃないから気にしてなかったけど。
ここは、どこなの?
髪の毛は蒼に変色し。
さっきの狼も、雷を帯びていたし。
私はきょろきょろと焦ったように周りを見る――あった。
「おっおい!?」
五月蝿い、今は君に構ってる暇はないの。
私は泉の方に走り出した。そして、のぞき込んで――
背中に、悪寒が走った。
「……何、これ」
映るのは、蒼ばかり。
髪の毛は、勿論蒼。
そして目も蒼く、空のように輝いている。
ああ、どうやら私は。
知らない世界に、来てしまったようです。