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PrimeCacada

作者: 蠱姫 夢希
掲載日:2026/06/23

素数ゼミです。

 これはきっと抜け殻なんだ。そうじゃないとおかしい。私は羽化出来なかった。でもそれは私の中身を食らい尽くして抜け殻になったからなんだ。

 もうとっくに過ぎ去った全盛期にこの鈍った体へ八つ当たりしたところで何の意味も持たない。そもそも羽ばたけるほどの羽など最初から持ち合わせてなんか無かったんだ。

 アレは我々が太陽を目指した残骸だ。ドロドロに溶け果てて、炭化し黒い微粒子となり大気中にすっかり馴染み始めてる。異様な異物感に気付かないだろうか?何かが致命的に違う。だが、言葉何かに出来ない。音楽が半拍ズレるほどの違和感、或いは半音外れる違和感というのだろうか。とかくいやな気がしてくる。アポロンは初めから堕ちる運命さだめだったのだろう。所詮、我々はイカロスの轍をなぞったということだろう。

 アポロン計画。これが我々の計画だった。太陽の神を冠する箱舟ばしゃが私の、我々の唯一の希望になるはずだった。奥深く地底から手を伸ばす我々の希望に。

 元を辿れば800年前に太陽の急膨張で地球は地表付近での生活が物理的に不可能と判断されたことから全ては始まった。当時の富裕層から上位の中堅層は火星や土星の衛星に移住してしまった。必然的に金のない者は、地球で住むしかなく、地下へと潜っていった。かくして、地球は著しく文明レベルが落ちたものの地下に豊富にあった資源を頼りに今日まで発展を続けついには、かつて地表にいた頃、それをも遥かに凌駕する文明を築き上げた。科学技術の発展で特定の岩盤層以外での活動もできるようになり、さらなる飛躍的進化を遂げてきた我々だったが、しかし、それでも我々は普段見つめる人工太陽ではなく、本物イデアの太陽を見たいと願うようになってしまった。

 こうして地上を目指すべく、アポロン計画は始まった。空を飛ぶ技術はあったが、それ以外の技術が我々には求められていた。熱に耐える、圧力の変化に耐えるなど。我々、私がどれだけここで苦しんだことか。今更愚痴っても仕方ないが、零さずにはいられない。そんな時、ふと土星地球人、火星地球人は一体どうやったのだろうか。どうやって振り切ったのだろうかと思いを馳せる。もしも、地球から羽化した暁には彼らに会いに行きたいと、会って科学者たちと話がしたいと心の内に広がる。

 さて、諸君は地下に住むことに不満を感じていただろうか? 何もかもが揃った文明で生活の苦を感じたことは無いだろうけど、人類が考える葦である以上、より高度なことへと幸福の方向は向かっていく。だから、我々は目に見えないことを捉え、現状を知らずに憧憬を向ける。時にはその憧れが理想というフィルターを剥がして、丸裸の現実を見せてしまうこともあるのだが。

 事態は急変した。いわばアポロン計画が夢物語のロマンでは居られないことが分かった。誰もが信じない真実イデアの世界はもはや人類どころか、細菌の1つさえまともに生きることが出来ない死の世界に変わっていた。太陽の膨張に伴い、オゾンは破壊され、激しい磁気嵐と放射能の雨が振り注ぐ大地はもう手遅れであると調査の末に知ってしまうことになった。

 つまり、地球の滅亡がすぐそこまで迫ってきていたのだ。しかし、実際の情報を知っている奴と知らない奴で計画は衝突し、半ば計画は頓挫しているも同然だった。少しでも、この計画を進めなければならないと私を含む少数のメンバーは建造を進めていた。幾度かの試作や実験を終えた時、かつて敵対した者たちが帰ってきた。彼らも逃れられない現実を直視してしまった。アポロン計画は再び、確かな歩みを取り戻したが、もう彼らが戻ってくるには遅すぎた。完成品のテスト飛行が不可能なところまで我々は追い詰められていた。

 現在の地球の現状を知る者が我先にとどんどん乗り込んでいく。それは通勤時間かのように人が人を押し込んでいく。我々は耐荷重問題のため、座席外の者を降ろそうとしたが、まるで聞く耳を持たない。皆助かりたいのは同じなのだ。それに欲をかく者がどのような結末を迎えるか、それは童話より語られる程に分かりきったものだろう。そして、同時に我々の認識の甘さを知った。何回かに分けて飛ばすつもりだった為、今のリソースと生産ラインを鑑みて、100隻ほどしか用意していなかった。

 我々のチームはどう頑張っても降ろせないし、ハッチを開けてる限り我先にと飛び込む者も絶えないので、苦渋の決断ではあるが、ハッチを閉め発射することにした。群衆が研究所に向かって喚いているが、アレらがどういう末路を辿るか、全地域のディスプレイをハッキングし生放送することにした。

 群衆達は突然の映像にそれを見ようと動きが止まる。そして既に発った希望に彼らは憤りの声を上げ始めるが、しばらく後、ギュウギュウに1000万、地下総人口の5%を載せた舟は上手く加速ができず、機体が悲鳴を上げ始める。

 我々としてはせめて地表まで出れる。いや出すと決めたからにはエンジンをフルスロットルに入れ速度を上げていく。マッハ10を越えたところで、ついに機体は全て爆発しその残骸は地下世界に降り注いだ。その光景に彼らはついに自分たちの愚かさを知ったかと思ったが、どうやら自らの愚かさを認めれる者は半分にも満たなかったらしい。一部では酷い暴動まで起きたようだった。その暴動のせいで地下人口は90%、つまり1.8億人まで減ってしまった。

 我々はこの失敗を糧に生産ラインを増やし、さらに10倍の舟を用意できるようにした。だが、やはり問題は時間である。終末が近づいてくるにつれ、残った人類はどうせ死ぬなら地表を見て死にたいと思う者が表れ始めた。彼らは研究所が保有する地上エレベーターに無断で乗り込み地上に出たようである。防護服も無しに地上に出れば数分とも生きられない。例え、エレベーターまで戻れたとしても地下にたどり着くまでに汚染が進み、結局死に至る。よって地上を目指した者は帰ってこなかった。我々も警備を増やしたりなどしたがそれでも徒労に終わったので、いっそ24時間自由に解放することにしてやった。どうせ、終わるのだケチケチしても仕方がないと。

 ようやく、1000隻を超える舟による第二弾もとい最終船が用意できた。我々は試行錯誤の末前回の荷重までは耐えられるようにした為、少なくとも1.2億人は抱えて空を飛べる予定だった。私はもう既に吹っ切れていたので、私が地下に残り彼らに夢を託すことにした。最終動作までは船外でやらねばならない。その1人を誰かがやらなければならないなら私がやろうと思ったのだ。

 あの船たちは1.4億人まで減った人類の私以外を抱えて飛び立っていった。今のところ機体に問題は見えない。船のセンサを一覧出来るモニタは確かな安心を見せている。大丈夫、地上までは取り敢えず出れる。私が最期の晩餐を用意しおえて、モニタ前に机に並べ、いよいよ席に着いた時、事態は起きた。急激にセンサの異常を知らせる警報音が鳴り響いた。彼らは地上を出て、大気圏を突破しかけている最中だった。彼らの状況を知る為、観測機器を操作しながら連絡を取ろうとした。しかし、通信がほとんど聞こえない。ノイズがひどく、こちらの音声すら届いてるのか怪しい。観測機器が教えた結果は太陽フレアによる強烈な磁気嵐と熱波が機体を襲ったということだ。ああ、もうコレは耐えられない。私の夢はイカロスの羽が如くいとも簡単に溶け落ちていく。

 フレアが収まった頃、エレベーターを使い、万全の装備で地上に出た。かつての夢の残骸を見ながら、遠い空に思いを馳せる。それはかつてこの地球にいたであろう同胞。先に羽化していった同胞達への思いだ。もう私が彼らと会うことはない。

 かつて、地上には蝉という生物が存在していた。その中でも素数ゼミと呼ばれるものは種の違う同胞と何百年単位でしか会うことは無かったそうだ。我々の寿命は蝉のごとく、私の思いは、素数ゼミの如く。

 見ないふりをしていた羽化したての羽を私は迫りゆく太陽の下でそっと閉じた。

蝉って海老みたいな味がするそうですね。ソフトシェルという羽化したての状態が一番美味しいらしいです。

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