表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
UNRETURNED  作者: くりぃむ
3/3

まだ、妹だったもの

朝になると、妹は目を開いていた。


 眠っているのか、起きているのか。

 その境目は、以前よりも曖昧になっている。


 視線は天井に向けられたまま、

 瞬きの間隔が、少しだけ人とずれていた。


 それでも――

 動いている。


 それだけで、俺は安堵してしまう。


 「……おはよう」


 声をかけると、

 妹は、ゆっくりとこちらを見た。


 首の動きが、ほんの少し遅れる。

 ぎこちないわけではない。

 ただ、“考えてから動かしている”ような間。


 「おはよう」


 返ってきた声は、妹のものだった。


 抑揚も、息の混ざり方も、

 俺が知っている妹と同じ。


 それなのに。


 胸の奥で、

 小さな違和感が、離れなかった。


 食事を口に運ぶ仕草は、問題ない。


 スプーンの持ち方。

 噛む回数。

 飲み込むタイミング。


 すべてが、記憶通り。


 だが、

 途中で手が止まることがあった。


 何も考えていないようで、

 何かを思い出そうとしているような顔。


 「……どうした?」


 そう聞くと、妹は首を振る。


 「なんでもない」


 すぐに食事を再開する。


 だが、

 その「なんでもない」は、

 以前よりも少しだけ重かった。


 窓の外を見ている時間が、増えた。


 理由もなく。

 目的もなく。


 ただ、

 遠くを見る。


 「外、出たい?」


 俺が聞くと、

 妹は一瞬、迷ったような表情をした。


 「……分からない」


 正直な答えだった。


 前なら、

 即座に首を横に振ったはずだ。


 夜になると、

 妹は時々、寝言を言う。


 意味のある言葉ではない。


 名前でも、文章でもない。


 ただ、

 息と息の間に、

 小さな音が漏れる。


 謝罪のようにも、

 呼びかけのようにも聞こえる。


 俺は、

 聞こえないふりをした。


 ある時、

 妹が突然、俺の服の袖を掴んだ。


 力は弱い。

 けれど、迷いがなかった。


 「……ここ」


 「ここ、変」


 「変?」


 聞き返すと、

 妹は自分の胸に手を当てる。


 心臓の辺り。

 少しだけ、ずれている場所。


 「……誰かが、

 立ってる気がする」


 俺は、息を止めた。


 「中に?」


 そう聞くと、

 妹は、ゆっくり首を振る。


 「……違う」


 「中じゃない」


 「後ろ」


 その言葉に、

 寒気が走った。


 「怖い?」


 俺がそう聞くと、

 妹はしばらく考え込んでから、

 首を横に振った。


 「怖くは、ない」


 「でも……」


 言葉が、続かない。


 代わりに、

 眉がわずかに歪む。


 「……静かにしてほしい」


 誰に向けた言葉なのか、

 俺には分からなかった。


 その夜、

 妹は泣かなかった。


 苦しそうにもしなかった。


 ただ、

 眠りにつく前に、

 ぽつりと、こう言った。


 「……ここ、

 長くいる場所じゃない」


 理由を聞く前に、

 妹は目を閉じた。


 俺は、暗い部屋の中で立ち尽くした。


 動いている。

 話している。

 生きている。


 それでも、

 確実に何かが、

 削れている。


 返却期限は、まだ先だ。


 記録上は、

 何の問題もない。


 だが、

 俺の中で、

 小さな疑念が芽生え始めていた。


 ――この制度は、

 本当に「間違いが起きない」ように

 作られているのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ