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UNRETURNED  作者: くりぃむ
2/4

返却期限


 その日から、俺は倉庫に通うようになった。


 正確には、「通う」という表現は正しくない。

 眠りに落ちるたび、意識が境界に引き寄せられ、

 気づけばあの回廊に立っている。


 夢ではない。

 現実でもない。


 ただ、そこに行けてしまう。


 魂の倉庫は、いつも同じ静けさを保っていた。


 硝子の容器に収められた魂たちは、

 前に来た時と同じ位置で、同じ光を放っている。


 減ってもいない。

 増えてもいない。


 世界のどこかで誰かが死に、

 どこかで誰かが生まれているはずなのに、

 ここは変わらない。


 それが、少し怖かった。


 「ここにある魂は、全部……使えるのか」


 俺がそう尋ねると、

 Diraは否定も肯定もしなかった。


 ただ、事実だけを口にする。


 「貸出対象です」


 その言い方は、

 人ではなく、物に対するものだった。


 「期限は?」


 俺の問いに、

 Diraは初めて視線を動かした。


 俺の背後ではなく、

 俺自身を見ていた。


 「魂には返却期限があります」


 淡々とした声だった。


 「期限内であれば、

 魂は元の状態で倉庫に戻ります」


 「……期限を過ぎたら?」


 少しだけ、間があった。


 「処理対象になります」


 それ以上の説明はなかった。


 処理。

 その言葉だけで、十分だった。


 「妹の場合は?」


 俺がそう聞くと、

 Diraは首を傾けた。


 ほんのわずか。

 だが、それだけで異常だと分かる。


 「通常の器ではありません」


 「返却期限は、短く設定されます」


 「……どれくらいだ」


 「魂によります」


 「個体差がある?」


 「未練の強さ。

 記憶の密度。

 生前の定着力」


 淡々と、

 残酷な条件が並べられる。


 「返せば……妹はどうなる」


 俺は、聞きたくなかったことを聞いた。


 Diraは答える。


 「再び、定着していない状態になります」


 「……動かなくなる?」


 「はい」


 希望も、慰めも、

 そこにはなかった。


 「期限を延ばすことは?」


 自分でも分かっていた。

 この質問をした時点で、

 俺はもう戻れない。


 Diraは否定しなかった。


 「可能です」


 その言葉に、

 胸の奥が冷えた。


 「ただし」


 Diraは続ける。


 「延長は、

 魂と器、双方に負荷を与えます」


 「どんな……?」


 「人格の混線」


 「記憶の重複」


 「存在感の希薄化」


 どれも、

 今はまだ起きていないことだった。


 だが、

 起きると断言された未来だった。


 「……それでも」


 声が、掠れた。


 「返さなければ、

 妹は“いる”」


 Diraは答えない。


 ただ、記録するような目で

 俺を見ていた。


 「あなたは、

 返却前提で借りるつもりですか」


 その問いは、

 確認ではなかった。


 警告でもない。


 記録事項だった。


 俺は答えなかった。


 答えられなかった。


 その沈黙だけで、

 十分だったのだろう。


 Diraは視線を戻し、

 倉庫全体を見渡した。


 「貸出可能な魂は、

 複数あります」


 「選択は、

 あなたの意思です」


 その言葉は、

 自由を与えているようで、

 責任だけを残した。


 目の前の硝子の中で、

 一つの魂が、わずかに明滅した。


 人の形をした影が、

 何かを言いたそうに揺れる。


 俺は、

 それを見てしまった。


 見てしまった以上、

 知らなかったとは言えない。


 「……期限内に返す」


 そう口にした瞬間、

 それが言い訳だと、

 自分でも分かった。


 Diraは、何も言わない。


 ただ一言、記録する。


 「貸出を確認しました」


 その瞬間、

 世界が一段、

 静かに歪んだ。

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