第23章 決戦——品質が命を守る
夜明けと共に、総攻撃が始まった。
◆
十五万の連合軍が、魔王城に向かって進撃する。
対する魔王軍は、推定八万。最後の防衛線を張って、必死の抵抗を見せている。
戦場は、地獄と化した。
剣と剣がぶつかり合い、魔法が炸裂し、魔物の咆哮が響き渡る。
血と泥と火薬の匂いが混じり合い、悲鳴と怒号が空気を震わせる。
鋼太郎は、後方の補給拠点で戦況を見守っていた。
「前線の武器消耗、報告が来ました」
将校が言った。
「剣の破損率は、予想の半分以下です。甲冑の貫通も、ほとんど報告されていません」
「よし……」
神崎鍛冶製の武器が、期待通りの性能を発揮している。
公差0.01リールの精度で作られた武器は、極限状況でも折れず、曲がらず、兵士たちを守り続けている。
「補給の状況は」
「順調です。物資は十分に行き渡っています」
「緊急の要請があれば、すぐに対応しろ」
「了解」
◆
戦闘は、一日中続いた。
連合軍は、着実に魔王城に近づいていったが、魔王軍の抵抗も激しかった。
特に、ヴェルナー製の兵器——連装弩砲や強化された甲冑——が、連合軍を苦しめた。
「左翼が押されています! 連装弩砲の集中砲火で——」
「移動盾を増援に送れ。それと、迂回ルートを確保しろ」
「了解!」
鋼太郎は、次々と指示を出していった。
戦場の状況は刻々と変化する。
それに合わせて、補給の優先順位を変え、物資の配分を調整する。
これが、兵站管理だ。
◆
夕方——
連合軍は、ついに魔王城の城壁に到達した。
「城門を破れ!」
攻城部隊が、巨大な破城槌を城門にぶつける。
魔法で強化された城門は、なかなか破れない。
その間にも、城壁の上から矢や魔法が降り注いでくる。
兵士たちが、次々と倒れていく。
「神崎殿、攻城部隊から緊急要請です」
将校が報告した。
「城門が破れません。より強力な道具が必要だと」
「……」
鋼太郎は、考えた。
破城槌は、すでに最大のものを投入している。
これ以上強力なものは、すぐには用意できない。
だが——
「ミスリルの楔を使え」
「楔?」
「ミスリルは、通常の金属より硬い。ミスリルの楔を城門の隙間に打ち込めば、内側からこじ開けられる」
「なるほど……」
「手元にある予備のミスリル材を加工しろ。楔の形に削るだけだ。すぐにできる」
将校たちが、慌ただしく動き出した。
数時間後——
ミスリルの楔が、城門の隙間に打ち込まれた。
そして、巨大なテコを使ってこじ開けると——
轟音と共に、城門が崩壊した。
「城門突破! 突入せよ!」
連合軍が、城内になだれ込んでいく。
◆
城内での戦闘は、さらに激しかった。
狭い通路での近接戦闘、階段での攻防、部屋ごとの制圧——
一歩一歩、魔王軍を追い詰めていく。
そして——
精鋭部隊が、魔王の間に到達した。
「ここが、魔王の間か……」
巨大な扉を開けると、そこには——
一人の人影が立っていた。
魔王——ではなかった。
「ヴェルナー……」
白髪の老人が、静かに佇んでいた。
その傍らには、巨大な機械——魔導機関——が鎮座している。
「来たか、神崎」
ヴェルナーの声が、広間に響いた。
「魔王は」
「奥にいる。だが、そこに行く前に——お前と決着をつけなければならない」
ヴェルナーが、機械に手を伸ばした。
「これが、俺の最後の作品だ。魔導機関——魔力を無限に増幅し、全てを破壊する力を生み出す」
「……」
「これを起動すれば、連合軍は全滅する。お前の武器も、お前の弟子たちも、全て灰になる」
鋼太郎は、ゆっくりと前に出た。
「ヴェルナー。それが、お前の望みか」
「望み?」
ヴェルナーが、嘲笑うように言った。
「俺の望みは、人間への復讐だ。俺を裏切り、追放した連中に、思い知らせてやる」
「復讐して、どうなる。お前は、幸せになれるのか」
「幸せ? そんなものは、とうの昔に捨てた」
「嘘だ」
鋼太郎の声が、力強くなった。
「お前は、まだ『良いものを作りたい』という想いを持っているはずだ。この魔導機関を見れば分かる。これほど精巧な機械を作れるのは、本物の技術者だけだ」
「……」
「お前は、破壊のためにこれを作ったのか。違うだろう。お前は、『できるかどうか試したかった』んだ。技術者として、限界に挑戦したかったんだ」
ヴェルナーの顔が、わずかに歪んだ。
「黙れ。お前に、俺の何が分かる」
「分かる。俺も技術者だからだ」
鋼太郎は、一歩また一歩と、ヴェルナーに近づいていった。
「俺は58年間、製造業に人生を捧げた。良いものを作ることだけを考えて生きてきた。その想いは、お前も同じはずだ」
「……」
「お前がこの世界に来た時、お前は人のために技術を使おうとした。裏切られて、その想いを失った。だが、完全には失っていないはずだ」
鋼太郎は、ヴェルナーの目を見た。
「この魔導機関を見ろ。どこにも無駄がない。美しい設計だ。これを作った者は、破壊を望んでいる者ではない。創造を望んでいる者だ」
ヴェルナーの手が、震えた。
「……俺は……」
「ヴェルナー。今からでも遅くない。俺と一緒に、人のために技術を使わないか」
「今さら……戻れるわけがない……」
「戻れる。俺が、保証する」
鋼太郎は、手を差し出した。
「俺の弟子たちは、お前を受け入れる。俺たちは、お前の技術を必要としている。一緒に、この世界を良くしていこう」
ヴェルナーの目に、涙が浮かんだ。
「……俺は……50年間……憎しみだけで生きてきた……」
「分かっている。だが、それは終わりにできる」
「本当に……戻れるのか……」
「戻れる。俺を信じろ」
ヴェルナーは、しばらく立ち尽くしていた。
その目に、様々な感情が渦巻いている。
そして——
ヴェルナーは、魔導機関から手を離した。
「……もういい」
その声は、疲れ切っていた。
「俺は……疲れた……」
「ヴェルナー——」
「神崎……お前の言葉は……正しい……」
ヴェルナーは、魔導機関に向き直った。
「だが……俺にはもう……時間がない……」
「何?」
「この機関は……俺の命と繋がっている……起動を止めるには……俺が止めるしかない……」
鋼太郎の顔が、青ざめた。
「待て、ヴェルナー——」
「神崎……お前に……頼みがある……」
ヴェルナーが、振り向いた。
その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「俺の……技術を……伝えてくれ……人のために……使ってくれ……」
「ヴェルナー!」
「もう一度……人のために……作りたかった……」
ヴェルナーは、魔導機関の核心部に手を差し込んだ。
閃光が走った。
轟音が響いた。
そして——
魔導機関は、静かに停止した。
ヴェルナーの姿は、もうどこにもなかった。




