第22章 最後の生産
決戦の前夜、緊急の指令が飛び込んできた。
◆
「神崎殿、大変です!」
伝令が、息を切らせて駆け込んできた。
「どうした」
「総司令部からの指令です。『対魔王兵器』の緊急生産を」
「対魔王兵器?」
鋼太郎は、渡された書類を読んだ。
魔王は、通常の武器では傷つかないという。
特殊な魔法金属「ミスリル」で作られた武器だけが、魔王にダメージを与えられる。
そして、ミスリル製の武器は、現在ほとんど存在しない。
「ミスリル製の剣を、50本。期限は……72時間」
「無理です」
傍にいた兵站担当の将校が言った。
「ミスリルの加工は、通常の金属より遥かに難しい。72時間では——」
「できる」
鋼太郎が、静かに言った。
「神崎殿?」
「俺たちには、ミスリルの加工技術がある。難しいが、不可能ではない」
鋼太郎は、すぐに行動を開始した。
◆
まず、王都の工房に連絡を取った。
「リーゼ、聞こえるか」
魔法通信機——遠距離で会話ができる魔道具——を使って、工房と連絡する。
「師匠! どうしましたか」
「緊急の仕事だ。ミスリル製の剣を50本、72時間で作れ」
「えっ……」
リーゼの声が、震えた。
「ミスリルは、加工が難しいです。72時間では——」
「できる。俺が、方法を教える」
鋼太郎は、ミスリルの加工方法を詳細に説明した。
ミスリルは、通常の鉄より硬く、融点も高い。
しかし、特定の温度帯で加熱すれば、加工しやすくなる。
その温度帯は狭いが、正確に制御すれば、通常の鉄と同じように鍛造できる。
「分かりました。やってみます」
「ボルトとナットにも伝えてくれ。全員で、全力を尽くせ」
「はい!」
◆
王都の神崎鍛冶では、すぐに作業が始まった。
「全員、集まれ!」
リーゼの声が、工房に響いた。
「師匠からの緊急指令だ。ミスリル製の剣を50本、72時間で作る」
「72時間!?」
「無理だろ——」
「無理じゃない」
リーゼの声が、力強くなった。
「師匠が『できる』と言った。なら、できる。私たちは、それを証明する」
弟子たちの顔に、決意が宿った。
「ボルト、鍛造を担当しろ。炉の温度管理が最重要だ。師匠の指示通り、正確に制御しろ」
「分かった」
「ナット、材料と工程の管理を。進捗を一時間ごとに報告しろ」
「了解」
「他の者は、私の指示に従え。これから72時間、休憩は最小限だ。覚悟しろ」
「はい!」
◆
工房が、戦場になった。
炉が赤々と燃え、金床を叩く音が響き渡る。
職人たちが、汗だくになりながら作業を続ける。
ボルトは、炉の前に立ち続けた。
「温度、1200度。維持しろ」
「はい」
「もう少し下げろ……そうだ、そこで止めろ」
ミスリルの加工は、温度管理が命だ。
わずかな誤差で、金属が脆くなったり、硬すぎて加工できなくなったりする。
ボルトは、師匠から教わった技術を全て使い、温度を正確に制御していった。
ナットは、進捗を管理していた。
「現在の完成数、8本。予定より2本遅れています」
「どこがボトルネックだ」
「研磨工程です。ミスリルは硬いので、研磨に時間がかかっています」
「研磨担当を増やせ。他の工程から人を回せ」
「了解」
リーゼは、品質検査を担当していた。
「この剣、寸法が規格外だ。やり直し」
「えっ、でも時間が——」
「品質は落とさない。師匠の教えだ」
どれだけ急いでも、品質は犠牲にしない。
それが、神崎鍛冶の信念だった。
◆
24時間が経過した。
「完成数、18本。予定の36%です」
「遅れているな……」
リーゼの顔に、焦りが浮かんだ。
このペースでは、72時間で50本は無理かもしれない。
だが、諦めるわけにはいかない。
「工程を見直せ。無駄がないか、もう一度確認しろ」
「はい」
ナットが、工程を分析した。
すると、意外な発見があった。
「リーゼさん、鍛造と研磨の間に、待ち時間があります」
「待ち時間?」
「鍛造が終わった剣が、研磨工程に回るまでに、平均30分待っています。この時間を短縮できれば——」
「なるほど。鍛造と研磨の連携を強化しろ。完成したら、すぐに次の工程に回せ」
「了解」
小さな改善の積み重ねが、生産速度を上げていく。
◆
48時間が経過した。
「完成数、35本。70%です」
「このペースなら、間に合う……」
だが、職人たちの疲労はピークに達していた。
二日間、ほとんど休みなく働き続けている。
目は充血し、手は震え、集中力が落ちてきている。
「休憩を取らせろ」
リーゼが言った。
「えっ、でも時間が——」
「このまま続けたら、ミスが出る。ミスが出れば、やり直しでもっと時間がかかる。30分でいい、全員休憩だ」
「……分かりました」
職人たちが、束の間の休息を取る。
その間に、リーゼは工房の外に出た。
夜空を見上げる。
星が、静かに瞬いている。
——師匠、私たち、頑張っています。
心の中で、師匠に語りかける。
——あなたの教えを、守っています。品質は、絶対に落としません。
涙が、頬を伝った。
疲労と、緊張と、そして——師匠への想いが、涙になって溢れ出した。
「リーゼさん」
背後から声がして、振り向いた。
ボルトが立っていた。
「大丈夫ですか」
「……ええ、大丈夫」
リーゼは、涙を拭った。
「少し、疲れただけ」
「俺たちも疲れてます。でも、最後まで頑張りましょう」
「……ええ」
「師匠のために。そして、戦場の皆のために」
リーゼは、深く頷いた。
「そうね。行きましょう」
◆
72時間後——
「完成!」
最後の剣が、検査を通過した。
「総数、50本。全て規格内です」
「やった……」
リーゼは、崩れるようにその場に座り込んだ。
周りでは、職人たちが歓声を上げている。
抱き合い、涙を流し、喜びを分かち合っている。
「リーゼさん、やりましたね」
ナットが言った。
「ええ……やったわ」
「師匠に報告しましょう」
リーゼは、魔法通信機を手に取った。
「師匠、聞こえますか」
「リーゼか。どうだ」
「完成しました。50本、全て規格内です」
通信機の向こうから、師匠の声が聞こえた。
「……よくやった」
その声には、深い感謝と、誇りが込められていた。
「お前たちは、最高の弟子だ。俺は、お前たちを誇りに思う」
「師匠……」
「すぐに前線に送ってくれ。これで、魔王を倒せる」
「はい!」
◆
ミスリルの剣は、魔法転送で前線に送られた。
それを受け取った鋼太郎は、剣の一本一本を検査した。
——完璧だ。
刃の角度、柄の太さ、重量バランス——全てが、規格通りに仕上がっている。
72時間の突貫作業でありながら、品質は一切落ちていない。
——リーゼ、ボルト、ナット……お前たちは、本当に成長した。
鋼太郎の目に、涙が浮かんだ。
師として、これ以上の喜びはない。
自分が教えた技術が、弟子たちの中で生きている。
それが、こうして形になっている。
「神崎殿、準備は」
レオンハルト将軍が尋ねた。
「万全です。これで、魔王を倒せます」
「よし。明朝、総攻撃を開始する」
鋼太郎は、ミスリルの剣を見つめた。
この剣が、世界を救う。
自分の弟子たちが作った剣が、歴史を変える。
——ものづくりは、世界を変える力がある。
その信念を、今ほど強く感じたことはなかった。




