第21章 魔王城への道
人類連合軍は、ついに総攻撃を開始した。
十五万の大軍が、魔王城に向けて進軍を始める。
◆
「全協力工房に通達! 生産能力を最大まで引き上げろ!」
鋼太郎の声が、工房に響いた。
「これから数週間が、勝負だ。連合軍が魔王城に到達するまでの間、補給を途絶えさせてはならない」
「了解しました!」
リーゼ、ボルト、ナット——三人の弟子が、それぞれの持ち場に散っていく。
神崎鍛冶のサプライチェーンは、フル稼働を開始した。
大陸中の協力工房が、昼夜を問わず生産を続ける。
馬車便と魔法転送が、休みなく物資を運ぶ。
前線の補給拠点には、武器、防具、食料、医療品が次々と届けられていく。
◆
鋼太郎自身も、前線に向かうことを決めた。
「師匠、危険です」
リーゼが、心配そうに言った。
「前回の潜入任務で、十分危険な目に遭ったではありませんか」
「分かっている。だが、現場を見なければ分からないことがある」
鋼太郎は、装備を整えながら言った。
「最終決戦だ。補給に問題があれば、すぐに対応しなければならない。俺が現場にいれば、判断が速くなる」
「でも——」
「リーゼ」
鋼太郎は、リーゼの肩に手を置いた。
「俺がいない間、工房を頼む。お前なら、できる」
「……はい」
「ボルトとナットにも、よろしく伝えてくれ。俺は、必ず帰ってくる」
リーゼの目に、涙が浮かんだ。
だが、彼女はそれを拭い、力強く頷いた。
「分かりました。お待ちしています」
◆
前線への旅は、過酷だった。
連合軍の進軍路に沿って移動しながら、各地の補給拠点を視察していく。
問題があれば、その場で改善策を指示する。
「この拠点の動線が悪い。物資の配置を変えろ」
「記録の付け方が煩雑すぎる。もっと簡素化しろ」
「緊急時の連絡体制を確認しろ。誰が責任者だ」
鋼太郎の指示は、常に具体的で実践的だった。
前世で培った40年の経験が、ここで活きている。
二週間後——
鋼太郎は、連合軍の本陣に到着した。
「神崎殿、よく来てくださった」
総司令官のレオンハルト将軍が、出迎えた。
「補給の状況は」
「おかげさまで、順調です。物資は十分に行き渡っています」
「それは良かった。問題があれば、すぐに言ってくれ」
「了解しました」
◆
連合軍は、着実に前進していった。
魔王軍の抵抗は激しかったが、連合軍の兵力と補給力が上回っていた。
一つ一つの拠点を攻略し、少しずつ魔王城に近づいていく。
その間も、鋼太郎は補給の管理に奔走していた。
「前線の剣の消耗が激しい。追加を急げ」
「この地域の道が悪く、馬車が通れない。別ルートを開拓しろ」
「負傷者が増えている。医療物資を優先的に送れ」
問題は次々と発生したが、鋼太郎は一つ一つ解決していった。
——これが、兵站だ。
戦争は、戦場だけで行われているのではない。
その背後には、無数の人々の努力がある。
材料を掘り出す鉱夫、製品を作る職人、物資を運ぶ運送者、記録を管理する事務員——全ての人が、勝利のために働いている。
自分の仕事は、その全てを繋ぎ合わせることだ。
一つのシステムとして、滞りなく動かすことだ。
◆
進軍開始から一ヶ月後。
連合軍は、ついに魔王城の麓に到達した。
「あれが、魔王城か……」
鋼太郎は、遠くにそびえる黒い城を見つめた。
巨大な岩山の上に建つ、威圧的な城塞。
尖塔がいくつも天を突き、壁面には不気味な装飾が施されている。
周囲には、魔王軍の最後の防衛線が張られている。
「明日、総攻撃を開始する」
レオンハルト将軍が言った。
「神崎殿、準備は」
「万全です。物資は十分にあります」
「頼むぞ。これが、最後の戦いだ」
◆
その夜、鋼太郎は一人でテントに座っていた。
明日の決戦に備え、最後の確認を行っている。
補給の状況、予備の物資、緊急時の対応策——全てが、頭の中で整理されていく。
「神崎殿」
テントの入口に、声がした。
見ると、宰相アルベルトが立っていた。
「宰相殿。どうされましたか」
「少し話がしたくてな」
アルベルトは、テントの中に入ってきた。
向かい合って座り、しばらく沈黙が流れた。
「明日で、全てが決まる」
アルベルトが言った。
「勝てば、世界に平和が訪れる。負ければ——」
「負けません」
鋼太郎は、静かに言った。
「俺たちは、これまで全力を尽くしてきました。品質を維持しながら、大量の武器を生産した。サプライチェーンを構築し、補給を途絶えさせなかった。できることは、全てやりました」
「……」
「あとは、戦場の兵士たちに任せるしかない。俺たちの武器が、彼らを守ってくれることを信じて」
アルベルトは、深く頷いた。
「神崎殿。あなたには、感謝している」
「何の話ですか」
「あなたがいなければ、連合軍は補給不足で崩壊していただろう。あなたの技術と努力が、ここまで来ることを可能にした」
「……」
「歴史は、英雄たちの名前を記憶する。だが、本当に世界を救ったのは、あなたのような人間だ。戦場で剣を振る者だけでなく、背後で支える者たちだ」
鋼太郎は、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「大袈裟ですよ。俺は、自分の仕事をしただけです」
「それが、一番大事なことだ」
アルベルトは、立ち上がった。
「明日の勝利を、祈っている。そして——戦いが終わったら、ゆっくり酒でも飲もう」
「ええ。楽しみにしています」
アルベルトが去った後、鋼太郎は再び一人になった。
テントの外からは、兵士たちのざわめきが聞こえてくる。
明日の決戦を前に、皆が緊張と期待に包まれている。
——俺にできることは、もうない。
あとは、武器が兵士たちを守ってくれることを信じるだけだ。
鋼太郎は、目を閉じた。
静かに、明日の戦いに備えて心を整える。




