第14章 異世界版サプライチェーン
連合軍の兵站統括を引き受けてから、一年が過ぎた。
鋼太郎の構築した生産システムは、本格的に稼働し始めていた。
◆
「これが、現在のサプライチェーンの全体図です」
ナットが、大きな紙を壁に貼った。
そこには、複雑な図が描かれていた。
中央に「神崎鍛冶」。
そこから放射状に、協力工房、材料調達先、物流拠点、最終納品先が線で結ばれている。
「材料の流れから説明します」
ナットが、図を指さしながら説明を始めた。
「まず、原材料——鉄鉱石、炭、銅などは、北部のガルフ鉱山と、東部のエルド鉱山から調達します。ここと直接取引契約を結び、安定供給を確保しました」
「調達量は」
「月間で鉄が500トン、銅が50トン、炭が200トンです。これで、現在の生産量を賄えます」
鋼太郎は頷いた。
「次に、一次加工です」
ナットが、図の次の層を指さした。
「鋼材に加工するのは、専門の製鉄工房が担当します。王都周辺に3工房、エルドア公国に2工房。ここで、規格化された鋼材を生産します」
「規格は統一されているか」
「はい。『神崎規格・鋼材標準』に従っています。成分、硬度、板厚——全て規定通りです」
鋼太郎は、満足そうに頷いた。
材料の規格化は、品質管理の第一歩だ。同じ材料を使えば、同じ製品が作れる。
「次に、部品加工です」
ナットが、図のさらに次の層を指さした。
「剣の場合、刀身、柄、鍔、鞘——これらの部品を、別々の工房で製造します。各工房は、自分の担当部品だけを専門的に作ります」
「分業体制だな」
「はい。刀身専門が15工房、柄専門が8工房、鍔専門が5工房、鞘専門が10工房。各工房が自分の部品に集中することで、品質と効率が向上しています」
これは、前世で「水平分業」と呼ばれるシステムだ。
一つの製品を複数の専門業者で分担して作る。各業者は自分の専門に特化できるので、技術が向上し、コストが下がる。
「最後に、組立と検査です」
ナットが、図の中央を指さした。
「神崎鍛冶で、各工房から届いた部品を組み立て、最終検査を行います。合格品だけを、連合軍に納品します」
鋼太郎は、図全体を眺めた。
原材料調達→一次加工→部品加工→組立→検査→納品。
全ての工程が、一本の線で繋がっている。
これが、サプライチェーンだ。
「よくできている」
鋼太郎は言った。
「だが、弱点もある」
「弱点?」
「どこか一箇所が止まると、全体が止まる。例えば、鉱山で事故が起きたら、材料が入ってこない。材料がなければ、全ての工房が止まる」
「……確かに」
「だから、在庫を持つ。各工程に、一ヶ月分の安全在庫を確保しろ。何かあっても、一ヶ月は持ちこたえられるように」
「分かりました」
◆
サプライチェーンの構築と並行して、物流網の整備も進めていた。
「物流は、二つのルートを使います」
鋼太郎は、地図を広げて説明した。
「一つは、馬車便。これが基本だ。主要都市間を結ぶ定期便を運行し、材料と製品を輸送する」
地図には、赤い線で馬車のルートが引かれている。
王都を中心に、各地の協力工房と材料調達先を結んでいる。
「もう一つは、魔法転送だ」
地図に、青い点が散らばっている。
各地に設置された「転送陣」の位置だ。
「緊急の物資は、転送陣を使って瞬時に送る。ただし、コストが高いので、通常は使わない。本当に急ぐ時だけだ」
「使い分けるんですね」
「そうだ。平時は馬車便で十分だ。だが、戦時には、緊急の補給が必要になる場面がある。その時のために、転送陣のネットワークを整備しておく」
魔法と技術の融合。
これが、この世界ならではのサプライチェーンだ。
◆
ある日、大きな問題が発生した。
「師匠、大変です」
ナットが、青い顔で駆け込んできた。
「エルド鉱山から連絡がありました。坑道が崩落して、採掘が止まったそうです」
「崩落? 怪我人は」
「幸い、死者はいません。ですが、復旧に二ヶ月かかると」
「二ヶ月……」
鋼太郎の眉が寄った。
エルド鉱山は、鉄の主要な調達先だ。
ここが止まると、月間250トンの鉄が入ってこなくなる。
安全在庫は一ヶ月分しかない。
「他の調達先は」
「ガルフ鉱山に増産を依頼しましたが、キャパシティの限界で、月100トンしか増やせません」
「足りないな。150トン不足する」
鋼太郎は、考え込んだ。
150トンの鉄が不足すると、剣の生産が月3000本減る。
二ヶ月で6000本。
連合軍への納品計画に、大きな穴が開く。
「新しい調達先を探すしかない」
「でも、品質が——」
「分かっている。品質を確認した上で、取引を始める。時間がないが、妥協はしない」
鋼太郎は、地図を広げた。
「南部に、小規模な鉱山がいくつかある。品質は未確認だが、量は確保できるかもしれない」
「調査に行きますか」
「ああ。俺が直接行く。お前は、ここで生産を回してくれ」
◆
翌日、鋼太郎は南部に向かった。
三日かけて、四つの鉱山を訪問した。
採掘現場を見学し、サンプルを採取し、精錬後の品質を確認する。
結果——二つの鉱山が、基準を満たしていた。
「ここの鉄は使える」
鋼太郎は、サンプルを手に取りながら言った。
「成分は少し違うが、加工条件を調整すれば問題ない」
「取引を結んでいただけますか」
鉱山主が、期待を込めて尋ねた。
「結ぶ。ただし、品質基準は守ってもらう」
「もちろんです」
こうして、新しい調達先が確保された。
エルド鉱山の復旧までの間、南部の鉱山から鉄を調達し、生産を維持する。
危機は、なんとか乗り越えられた。
◆
「師匠、今回の件で学んだことがあります」
ナットが、報告書を持ってきた。
「何だ」
「調達先が一箇所に集中していると、リスクが高い。分散させた方がいいのでは」
「その通りだ」
鋼太郎は、頷いた。
「今後は、主要材料は複数の調達先を確保する。どこか一箇所が止まっても、他でカバーできるように」
「マルチソーシング、ですね」
「そう呼ぶのか。いい名前だ」
鋼太郎は、新しい調達方針を決めた。
鉄:ガルフ鉱山50%、エルド鉱山30%、南部鉱山20%
銅:西部銅山60%、東部銅山40%
炭:複数の炭焼き業者から分散調達
リスクを分散し、どこかが止まっても全体が止まらないようにする。
これが、サプライチェーン・マネジメントの基本だ。
◆
一年後——
神崎鍛冶のサプライチェーンは、大陸最大の規模に成長していた。
【協力工房数】:215工房
【年間生産実績】
剣:85,000本
甲冑:42,000セット
盾:50,000枚
目標の「剣10万本」には届かなかったが、当初の予想をはるかに上回る成果だった。
「師匠、素晴らしい成果です」
リーゼが、誇らしげに言った。
「まだだ」
鋼太郎は、首を横に振った。
「戦争は、これからが本番だ。魔王軍の攻勢が本格化すれば、もっと大量の武器が必要になる。今のうちに、さらに生産能力を高めておかなければ」
鋼太郎は、窓の外を見た。
北の空に、不穏な雲が広がっている。
——嵐が来る。
その予感が、胸の中で膨らんでいた。




